脳の思念でコンピュータを操作する―BMIあるいはブレインテックの夜明け(後編)

(前編からの続き)

フェイスブックの隠された野望

 以上のような手術で脳に読み取り装置などを埋め込む侵襲型のBMI技術には、一種生理的な抵抗感も聞かれる。

 たとえばニューラリンクの後を追うように、BMI分野への参入を明らかにしたフェイスブック。同社のマーク・ザッカーバーグCEOは2017年に「侵襲型の技術が一般消費者に受け入れられるとは思えない」と述べ、むしろ手術を必要としない非侵襲型のBMI技術を開発すると表明した。

 以来、フェイスブックの基礎研究所「Reality Labs」では、一種のAR(拡張現実)メガネを開発してきた。このメガネをかけると、それが脳の思念を読み取ることで、コンピュータやスマホ等のIT端末にテキストを入力できるとされる。

 これまでのキーボードを使ったテキスト入力では毎分20ワードが限界だったが、脳に思い浮かんだ言葉を直接IT端末に送信できるようになれば、その5倍となる毎分100ワードのテキスト入力が可能になるとザッカ―バーグCEOは見ている。

 ただ、それを実現するための具体的な技術方式は未だ固まってはいないようだ。

 これまで世界各国の大学などで研究されてきた非侵襲型のBMIは、たとえば人間の脳波を外部から計測する「EEG(ElectroEncephaloGram)」等に頼るケースが多かった。

 これに対しフェイスブックは当初、このEEGとは全く異なる「optical imaging(光学的画像」と呼ばれる新しい技術方式を提唱した。その詳細は明らかにされていないが、赤外光等を使って脳の状態を外部から読み取る方式と見られている。

 しかし前述のフェイスブックの基礎研究所でその技術開発を指揮する立場にあったエンジニアはその後、同社を退社して、自らスタートアップ企業を立ち上げ、そこで同方式のBMI技術 を開発し始めた。

 一方、フェイスブックは今年3月の公式ブログで、EEGやoptical imaging等とは異なる「EMG(ElectroMyoGraph)」と呼ばれる方式のBMI技術を開発中であることを明らかにした。

 このEMGとは、私達の脳から抹消神経に出された電気信号で手足などを動かす際に、それらの筋肉で発生する微弱な電場の変化を測定する技術だ。いわゆる「筋電図」の作成に使われている技術である。

 公式ブログにアップされたデモ動画には、このEMG技術に基づく「ニューラル・リストバンド」の様子が映されている。そこに登場する女性が、ARなど拡張現実空間に表示された標的に向けて仮想の弓矢をぐっと引き絞ると、腕の筋肉における電場の変化をリストバンドが捉えて、それに応じて手首に圧力をかける(図5)。これにより、まるで本物の弓矢を引いているような感覚を実現することができる、とされる。

図5 フェイスブックのニューラル・リストバンドを使ったデモの様子
出典:https://tech.fb.com/inside-facebook-reality-labs-wrist-based-interaction-for-the-next-computing-platform/

 フェイスブックは、これと同様のBMI技術を使ってAR空間における仮想のクリック・ボタン操作やテキスト入力などに現実的な手応えを与えようとしている。またいずれは、こうした非侵襲型のBMI技術で脳からの信号をキャッチし、それを使って念じるだけでビデオゲームを操作したり、自動運転車やドローンを自分の近くまで呼び寄せたりする技術を開発する計画と見られている。

 しかし、フェイスブックのようなIT企業の秘かな、そして究極の目標は、脳の動きからヒトの心を解読し、私達の隠された欲望や消費対象を洗い出して、マーケティングなどビジネスチャンスにつなげることではないか、と訝る向きもある。

 ただ、これらの見通しは今のところ憶測の域を出ない。そもそも「脳と心」の研究は今のところ「自由意思」や「情動反応」など各種の心理作用が脳のどの領域で起きるのか、といった初歩的な知見しか得られていない。この段階で果たして、そうした具体的で高度な事業化が出来るのか疑う向きもある。

 が、一方でシリコンバレーの巨大IT企業は、桁外れの資金と実行力を兼ね備えている。それらはBMI研究を一気に加速し、実ビジネスへと転化させる可能性もあるだろう。その動きからは当面目が離せない。

KDDI総合研究所リサーチフェロー 小林 雅一