アンチ継続論

「継続は力なり」という格言がある。何事も続けることで成果が得られるに違いない一方で、続けることが苦手な人にとって、その言葉はときに鬱陶しく、やる気を削ぐ原因にもなる。飽き性の筆者もその言葉が苦手である。今回は、70歳以降に世界のトップに君臨した男性マラソンランナー4名を取り上げることで、続けられないと悩む人に勇気を与えてみたい。

なお、本コラムにおけるマラソンとは42.195kmを走る長距離走、ウルトラマラソンとは42.195kmを超える超長距離走のことを指す。

南アフリカの偉人

最初に紹介するのはWally Hayward氏(1908年-2006年)だ。彼は、70歳の時にマラソンで3時間6分24秒という、当時の年代別世界最高記録を作った。ちなみに、この記録は高地で起伏の富んだコースで達成されたものである。仮に、平地で起伏の少ないマラソンだった場合には、3時間を切るタイムに相当する。

Wally Hayward氏は、ウルトラマラソンの分野で若い頃から活躍し始めたが、何度も走ることを辞めている。具体的には、23歳の時にウルトラマラソンのメジャー大会で初優勝後に胸の痛みを訴え、医師から「二度と走らないように」と宣告を受けた。走ることを辞めたHayward氏だったが、7年後に別の医師から「その宣告は誤りだ。家に帰りシューズを履きなさい」とアドバイスを受けた。アドバイスをもとに、再び走り始めた彼は、1952年のヘルシンキ五輪のマラソンに44歳で出場し、10位になった。

五輪後も走ることへの情熱を失わなかった彼は、翌年にウルトラマラソンの記録破りを目的としたイギリス遠征を行い、およそ3か月で3つの世界最高記録を達成する驚異のパフォーマンスを発揮した(ブライトンからロンドンまでの80kmを走る大会、100マイルを走る大会、24時間走)。しかしその直後、彼に再び困難が立ちはだかった。イギリス遠征に関して受け取った寄付が規則を破ったとみなされ、大会参加禁止処分を受けたのだ。大会参加を禁じられた彼は、トレーニングへのモチベーションを再び失った。その禁止処分が解けるのは10年以上も先だったが、レースへの参加が許された彼は本格的なトレーニングを再再開し、70歳で前述のパフォーマンスを発揮した。

ここに挙げた以外にも、彼は第二次世界大戦中には技術者として、北アフリカやイタリアで戦うなど、濃い人生を過ごした。一見すると、20代から世界のトップを走り続けたようにみえるものの、何度も走ることを辞めていた事実がある。

20以上の世界記録を達成したイギリス生まれのカナダ人

次に紹介するのは、70歳以上で史上初めてマラソンを3時間未満で走ったカナダ人の男性、Ed Whitlock氏(1931年-2017年)だ。彼は、高校時代はランナーとして優秀な記録を残していたが、アキレス腱の怪我や就職をきっかけにして21歳で走ることを辞めた。

そんな彼が再び走り始めたのは20年も後のことだ。そして、マラソンに初めて出場したきっかけは、意外にも息子の存在であった。彼の末っ子は当時ランニングに夢中で、14歳にしてマラソンに出ることを決意した。息子の説得に失敗した彼は、46歳で息子と一緒に初マラソンを走っている。しかし、48歳でマスターアスリートの国際大会の1500mで優勝後にトレーニングへの意欲を失い、走ることを再び辞めた。

彼がランナーとして3回目に走り始めたのは退職後で、その後は86歳で亡くなる直前まで走り続けた。表は、65歳以降の彼の代表的な記録である。走ることは同じでも、1500mとマラソンでは、必要な体力要素が異なるため、両者を同時に取り組むエリートアスリートはほとんどいない。彼は、その常識をも覆すパフォーマンスを約20年にもわたり、発揮し続けた。

表 Ed Whitlock氏の年代別の自己記録
記録はWorld Masters AthleticsおよびLepers and Cattagni (2018)をもとに作成
灰色の塗りつぶしは2023年5月1日時点で年代別世界記録

走ることを何度も辞めているという事実のみならず、マラソンを始めたきっかけが偶発的な点も含めて、非常にユニークな例である。

70歳で自分史上最高のパフォーマンスを発揮したアメリカ人

3人目は、Ed Whitlock氏が保持していた70歳以上のマラソン世界最高記録を更新したGene Dykes氏だ。前述した2名とは異なり、彼は若い時には、走ることで活躍することが出来なかった。大学時代は陸上競技に取り組んでいたものの、ランナーとしてはチームの足を引っ張る成績だったため、三段跳びや400mハードルに取り組んでいた。社会人になってからもジョギングをたまにしていたものの、大会に出場する熱心さはなく、ゴルフやボーリングにハマっていた。また、怪我によってジョギングさえできないときが6年間も続いていた。

彼は、58歳で初めてマラソンに出場し、その後は、徐々にタイムを短縮したが、およそ65歳までは、特別な記録を残していなかった。また、記録が一時的に停滞したときには、加齢による限界も感じていたが、最後の悪あがきのつもりでコーチを雇った結果、記録が再び短縮し始めたこともあり、以降も熱心に走り続けた。

そして、70歳の時にマラソンで2時間54分23秒という世界最高記録を達成した。このタイムは彼の自己最高記録でもある。70歳以上の年代別世界記録を持つランナーのほとんどが、若い時に早いタイムで走った経験を持っているが、彼は70歳で自分史上最高の記録を残したのだ。

そんな彼は、マスターランナーとしての自身の成功が走り続けなかったことにあると考えている。その証拠に、「70歳になって、貴方のように走るためにはどうすれば良いのか」と聞かれた際の最善のアドバイスとして、「走るのを辞めること」と答えている。やはり、続けなかったことに価値があるのである。

健康目的で走り始めたオランダ人

最後に紹介するのは、Gene Dykes氏の持つ70歳以上の世界最高記録を4秒更新した、現記録保持者であるJo Schoonbroodt氏だ。彼がランニングを始めたのは36歳で、医師から血中コレステロール値を下げるために運動を勧められたことがきっかけである。彼はマラソン以外にも、50代、60代の6時間走のウルトラマラソンの世界最高記録を持っている。

前述した3人とは異なり、彼は走り始めて以降は続けているものの、若い頃はそもそも始めていなかった。そして、彼自身も走り始めるのが遅かったと思っているが、今となっては、それはむしろメリットになっているとも考えているようだ。そんな彼のアスリートとしての長所は、強靭な肉体にある。70代を迎えても、20-30代のエリートマラソンランナーを上回る練習量を誇り、2021年1月から世界記録を更新した2022年5月まで1日も欠かさずに毎日走り続けていた。

続けるには種類がある

続けることを表す熟語には、いくつか種類がある。切れ目なく続くことを意味する「連続」や、時々とぎれながら続くことを意味する「断続」だ。また「継続」には、前から行っていることをそのまま続けるという意味がある。筆者の認識では、継続はどちらかと言うと、連続に近いニュアンスで使われているようで、継続の重要性を説くものには、諦めずに続ける意義を訴えているものが多い。

一方、ここで紹介した4人のうち3人は連続的ではなく、断続的に走っていた。また、残りの1人は、若い頃には走り始めてすらなかった。そもそも、どんなに継続しているようにみえるランナーであっても、毎日24時間走り続けている者は誰一人いない。連続的な継続は不可能なのだ。

続けることが良いのかは、目的や置かれた状況による。何事も、いつ辞めても、いつ再開しても、良いのである。

KDDI総合研究所 招聘研究員 髙山史徳

■参考文献
・Wally Hayward氏に関する資料
Maud, P. J., Pollock, M. L., Foster, C., Anholm, J. D., Guten, G., Al-Nouri, M., Hellman, C., & Schmidt, D. H. (1981). Fifty years of training and competition in the marathon: Wally Hayward, age 70–a physiological profile. South African medical journal = Suid-Afrikaanse tydskrif vir geneeskunde, 59(5), 153–157.

IOC. Wallace Henry HAYWARD. 2023年5月1日閲覧、https://olympics.com/ja/athletes/wallace-henry-hayward

MiWay Wally Hayward Marathon. Wallace Henry (Wally) Hayward. 2023年5月1日閲覧、https://www.wally.co.za/history

・Ed Whitlock氏に関する資料
Lepers, R., & Cattagni, T. (2018). Age-related decline in endurance running performance – an example of a multiple World records holder. Applied physiology, nutrition, and metabolism = Physiologie appliquee, nutrition et metabolisme, 43(1), 98–100.

National Post. (2016) Setting a marathon record at age 85, training in a cemetery and 20-year-old racing shoes: 20 Questions with Ed Whitlock. 2023年5月1日閲覧、https://nationalpost.com/sports/setting-a-marathon-record-at-age-85-training-in-a-cemetery-and-20-year-old-racing-shoes-20-questions-with-ed-whitlock

World Masters Athletics. Records. 2023年3月31日閲覧、https://world-masters-athletics.org/records/

・Gene Dykes氏に関する資料
Lifetime Running. (2018) PROFILE: How Gene Dykes ran a 2:54 marathon at age 70. 2023年3月31日閲覧、https://www.lifetimerunning.net/2018/12/profile-how-gene-dykes-ran-254-marathon.html

RUNSPIRITED. (2019) Just run — how Gene Dykes excels as a 70-year-old runner. 2023年3月31日閲覧、https://www.runspirited.com/single-post/2019/02/14/just-run-how-gene-dykes-excels-as-a-70-year-old-runner

・Jo Schoonbroodt氏に関する資料
Van Hooren B and Lepers R (2023) A physiological comparison of the new—over 70 years of age—marathon record holder and his predecessor: A case report. Front. Physiol. 14:1122315.

The Guardian (2022) Age no barrier: how Jo Schoonbroodt smashed the 70+ marathon record. 2023年3月31日閲覧、https://www.theguardian.com/sport/2022/may/12/age-no-barrier-how-jo-schoonbroodt-smashed-the-70-marathon-record