研究員がひも解く未来

研究員コラム

鑑賞だけではない、ミュージアムが提供するスペシャルな体験(後編)
〜美術館に泊まり、博物館で踊り明かす

世界のミュージアムの中にはスペシャルな体験機会を提供しているところがある。ミュージアムが持つ価値を活かすことで、人々にミュージアムをより身近に感じてもらうとともに、ミュージアムの新しい収入源にしている。

前回は大人向けの体験に着目したが、今回取り上げるのは子供向けのものだ。いずれもミュージアムでのお泊まりイベントであり、一生の思い出になりそうなものばかりである。

クジラの下で眠る〜ロンドン自然史博物館 

まずはロンドン自然史博物館。このミュージアムは館を柔軟に活用することでも知られる(前回コラム参照)。同館による、7〜11歳向けの名物イベント「Dino Snores for Kids(キッズのための恐竜のいびき)」では、子供達が寝袋を持ち込んでミュージアムの中で宿泊できる[1]。シロナガスクジラや恐竜の骨格標本のそばで眠るのだ。アクティビティも用意されており、懐中電灯を持っての館内探索、同館科学者によるサイエンスショー、就寝前の読み聞かせなどがある。料金は、子供も、付き添いの大人も1人70ポンド(朝食付き)。寝袋持参での雑魚寝だから、ミュージアムはコストを抑えられる。しかも参加者も楽しい。やはり人気イベントになっており、現時点では数ヶ月先までチケットは売り切れている。

図表1  シロナガスクジラの骨の下で寝袋を広げる子供達
出所:ロンドン自然史博物館

アメリカでクジラの下で眠る〜アメリカ自然史博物館 

アメリカでもクジラの下で眠る機会はある。米ニューヨークのアメリカ自然史博物館だ[2]。こちらは骨ではなくクジラの巨大模型だ。アクティビティは、T. レックスの特別展示、自然史の映画上映、プラネタリウムなど。対象年齢は6 〜 16 歳で、料金は1人150ドルだ。

図表2  
出所:アメリカ自然史博物館

エジプトの歴史的遺物の前で眠る〜ロンドン大英博物館

約800万点の歴史的遺物や美術品を収蔵するロンドンの巨大ミュージアム、大英博物館も8〜15歳の子供向けのお泊まりイベントを用意している[3]。子供達が寝袋を持ち込んで眠るのはエジプト・アッシリアのコーナーだ(眠れますかね?)。やはりアクティビティも満載で、懐中電灯を持っての館内散策はもちろん、化石発掘体験もある。現在、このお泊まり会は残念ながら休止中だが、以前の料金は45ポンドであった。

 

図表3  宿泊する子供たち
出所:大英博物館
図表4 アクティビティに参加する子供たち
出所:大英博物館

サンゴ礁の前で眠る〜カリフォルニア科学アカデミー

米サンフランシスコにあるサイエンスミュージアム「カリフォルニア科学アカデミー」は、剥製や化石の展示だけでなく、植物園、プラネタリウム、さらには水族館も備えた自然史博物館だ。同館が提供するお泊まり会で寝床となるのはサンゴ礁の巨大水槽の前だ[4]。こちらも楽しそうだ。アクティビティはプラネタリウム上映や熱帯雨林ツアーなど。翌朝のアカデミーカフェでの朝食の後は、無料チケットで再び館内を自由に見学できる。1人129ドル。

図表5  サンゴ礁の水槽の前が寝床
出所: カリフォルニア科学アカデミー

子供にとってもミュージアムにとってもプラス

海外ミュージアムの様々な事例を見てきた。参加した子供たちは、ミュージアムが身近になったことだろう。特に「寝っ転がれる」というのが良い。ミュージアムといえば荘厳で威厳のある場所になってしまいがちだが、もっと人々の生活に近いところにあっても良いと思う。寝袋で一晩を過ごし、友達とクジラの下で話したことは、一生残る体験ではないだろうか。

またミュージアムにとっても、子供たちにミュージアムをより身近に感じてもらえれば、その後も継続的な来館を期待できる。金沢21世紀美術館の初代館長の蓑豊氏も「子供の頃に美術館に行ったことがある人は、大人になってからも、高確率で自分の子供を連れて美術館に行くようになる[5]」と語っていた。子供たちをミュージアムに招き、特別な体験を提供することは、短期的なイベント収入だけでなく、長い目で見てミュージアムに恩恵をもたらすのかもしれない。

最後に、教育の観点でも、歴史のつまったミュージアムでの宿泊体験は素晴らしいと思う。座学的な学習ではなく、現物が伴う体験学習だ。しかも、夜のミュージアムならではのワクワクやドキドキがある。こういった楽しさと教育を結びつけているところにセンスと豊さを感じる。

ミュージアムがもたらす価値とは展示物の鑑賞だけではない。様々な体験機会を提供する場になり得る。歴史や文化を持つミュージアムは本来楽しい場所なのだから。

KDDI総合研究所コアリサーチャー 沖賢太郎

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◼️参考文献
[1] ロンドン自然史博物館, Dino Snores for Kids
https://www.nhm.ac.uk/events/dino-snores-for-kids.html

[2] アメリカ自然史博物館, Museum Sleepovers
https://www.amnh.org/plan-your-visit/sleepovers

[3] 大英博物館, Sleepovers
https://www.britishmuseum.org/membership/sleepovers

[4] カリフォルニア科学アカデミー, Penguins+Pajamas Sleepovers
https://www.calacademy.org/penguinspajamas-sleepovers

[5] 「超・美術館革命」蓑豊(角川書店)