総合格闘技界の水抜き事情から考える健康とハイパフォーマンスの妥協と協力

総合格闘技(Mixed Martial Arts: MMA)は、立ち技や寝技などが組み合わさった格闘技である。世界中にある各団体の中でも、Ultimate Fighting Championship(UFC)はトップ団体として知られており、主催するEndeavor社の企業価値は1兆円をはるかに超えている[1]。日本の団体では、RIZINが有名で、YouTuberや実業家としても著名な朝倉未来選手などが契約している。

柔道などの他の格闘技系種目と同じく、MMAでも体重別の階級制度が採用されている。これは、体重や体格が違い過ぎるファイターが戦うことが競技の公平性を欠いたり、怪我のリスクを増やしたりすることが主な理由とされている。

規定体重を守れているのかを確認する公式計量は、通常、試合前日に行われるが、計量をクリアできないファイターもいる。この場合、試合はキャンセルになるか、相手ファイターとの合意によって、その試合に限って定められる体重で行われることが多い[2]

この公式計量に向けて、多くのファイターが「水抜き」と呼ばれる行為をする。近年、この水抜きが健康リスクや勝敗を左右するカギとして議論を呼んでいる。そこで今回は、水抜きに関する研究や事例をたどりながら、スポーツ興行における健康とハイパフォーマンスといった複雑な争点を共存させるための工夫を考えていきたい。

水抜きとは?

普段の体重や階級によっても具体的な開始時期は異なるものの、多くのファイターは試合の1か月前には減量を始める。この時期の減量は摂取カロリーよりも消費カロリーを大きくし、筋肉量を出来る限り維持しながら体脂肪を減らしていく。

もう一つ、格闘技系選手特有の体重の落とし方として、急速減量がある。急速減量は、計量の直前に行われ、水抜きや質量の軽い飲食物をとる方法が主となる。このうち、水抜きとは、体重の50%以上を占める体水分を試合直前に一時的に減らすことである。代表的な水抜きの手段としては、半身浴、サウナ、暖房の利いた室内やサウナスーツを着用した状態での有酸素運動などが挙げられる。

急速減量によって落ちた体重は、計量後に飲食物を補給するとあっという間に戻る。そのため、水抜きで一気に体重を落としたファイターは、規定体重よりもはるかに重い体重で翌日の試合に望むことができる。

水抜きが健康に与える影響

水抜きが健康に与える影響は、急性的なものと慢性的なものがある。

急性的な影響としては、体水分が減ることによって血液の粘度が増え、急性心血管イベントが発生するリスクとなる。また、体温調節能力が低下するため熱中症に陥りやすく、免疫力の低下によって体調も崩しやすい。事実として、過度な水抜きによって亡くなってしまったファイターの事例は複数ある。不十分な知識や管理下で行われる過度な水抜きは、生死にも関わる深刻な問題である。

さらに、水抜きは、急性腎障害と診断されるレベルに腎臓に負担を与えるが、試合の度に水抜きを繰り返すことで、慢性腎障害にもなるリスクが指摘されている[3]。その他にも、繰り返される体重の増減が引退後の肥満のリスクにもなる。

まとめると、過度な水抜きは健康には百害あって一利なしの行為である。

水抜きがパフォーマンスに及ぼす影響

水抜きによって生じるダメージによる悪影響と、重い体重で戦えるという好影響のどちらが上回るのかについては、ファイターやサポートスタッフの中でも様々な見解がある。ただし、近年の論文を読む限り、統計学的にみると、重い体重で戦える方がアドバンテージになるようである。

欧州スポーツ科学会議が発行する学術雑誌に今年掲載された論文[4]では、カリフォルニア州アスレチック・コミッションのデータベースをもとに、UFCを含む21のMMA団体の計700試合、1400人をも対象として、計量から試合当日にかけての体重の変化率と勝敗との関係が分析されている。なお、計量は試合の24-34時間前に行われ、当日の体重は試合の約3時間前に計測されたものだ。

分析の結果わかったのは、性別、階級、競技レベルとは関係なく、計量から試合当日にかけての体重が増えた方が勝利するチャンスが増えるということだ。具体的には、体重増加率が1%増えると、試合に勝利する確率が4.5%増えるという結果が得られている[5]

また、計量直後に試合が行われる場合では水抜きによる一過性の体力低下がパフォーマンスに悪影響を及ぼすものの、丸一日の回復時間があると、体力は回復することも報告されている。例えば、MMAファイター13名に体重の約5%を落とす急速減量を行ってもらった実験[6]によると、約24時間の回復時間を設けることで、体力には悪影響がなかった。

実際の試合結果は、水抜きの程度や方法、計量後の過ごし方に加え、対戦相手との能力差や相性によっても左右されるだろう。そのため、「体重増加率が1%増えると勝利する確率が4.5%増える」という結果を拡大解釈することは良くないが、MMAにおいて、水抜きは試合のパフォーマンスにはアドバンテージになり得る。

水抜きを禁止すべきか?

2016年、スポーツ科学で権威を持つ雑誌、Sports Medicineに「コンバット・スポーツから急速減量を禁止する時が来た」というレビュー論文が掲載された[7]。そのレビュー論文の著者らは、当時の世界アンチ・ドーピング機構の規程[8]では、ある物質または方法を禁止するには1) パフォーマンスを向上させる可能性がある、2) 選手の健康にリスクをもたらす、3) スポーツの精神に反する、という3つの禁止基準のうち2つ以上を満たす必要があったが、急速減量は全てを満たしていることから、競技スポーツの世界から排除すべきだと主張した。

しかし、その論文が掲載されてから5年以上たった現在でも、試合前日に計量が行われることもあってか、水抜きが主流の現状は変わっていない。事実、試合当日には水抜きなしでは起こりえないほどに増量した状態で試合に望んでいるファイターも多い(表)。

表 MMA選手1400名の計量から試合当日までの体重の増加量・率(中央値)
出典Faro et al. (2023)

健康、パフォーマンス、ビジネスの狭間での妥協と協力

こうした中、ファイターの健康を守ることを目的とした独自の取り組みをしている団体も存在する。アジア最大の格闘技団体、ONE Championshipでは、契約ファイターが減量中に命を落としたことをきっかけとして、計量時に尿比重のチェックを加えた[9]。これは、脱水すると尿が濃くなるという生理学的現象をベースにしている。すなわち、水抜きによって体重を落としたファイターは規定体重を守っていても、尿比重が高くなり、クリアできない仕組みである。ただし、実際には計量前に水抜きと思われる行為をしているファイターも見受けられることや、計量もしくは尿比重をクリアできないファイターが頻発するなど、課題が残っている。

ここで、MMAとは離れるが、日本が国際的に高い競技力を保ち続けているレスリングにおける取り組み事例に触れておきたい。国立スポーツ科学センターの医科学スタッフらは、2016年のリオデジャネイロ五輪のレスリング代表選手へのサポートとして、体組成評価を中心に据えていた[10]。これは、強化担当の方針に加え、過度な急速減量を行う選手が多かったことなどが背景にあると思われる。サポートを受けた代表選手たちは、五輪の1か月前までに除脂肪量を維持しながら体脂肪量を落とすことに成功していた。これは、除脂肪量の大半を占める筋肉が脂肪組織に比べ水分を多く蓄える特性があることを踏まえると、理にかなったアプローチである。

そんなレスリングであっても、急速減量による健康への悪影響が問題視され、東京五輪の前には計量のタイミングが前日から当日へと変更されている[11]。この変更が発表された当時、国際競技連盟であるUnited World WrestlingのNenad LALOVIC会長は、「これらの新しいルールが選手の健康を促進すると信じている」と述べていた。

競技スポーツを突き詰めると、その取り組みが健康と逆方向に向かうときがある。また、ビジネスとしても成立しているMMAは、興業、経済的側面が重要視されやすく、諸事情によって十分な準備期間なしに試合が組まれることもある。このような現状を認識した上で、主催団体、サポートスタッフらは、勝利や経済的利益を求めつつも、ファイターの健康を確保するルールを妥協と協力によって模索し続けるべきである。また、ファイターの急速減量は楽をして体重を落とす方法ではなく、日頃の節制あって初めて成り立つ術である。ファイターやサポートスタッフらは、ハイパフォーマンスと健康を両立するための実践知を学び続ける必要がある。

何よりも命が尊いことを忘れずに。

KDDI総合研究所 招聘研究員 髙山史徳

◼️参考文献
[1] ゴング格闘技 (2023) UFCの親会社エンデバーがWWEを買収し一つの上場企業として統合へ=米報道.2023年9月19日閲覧 https://gonkaku.jp/articles/13296

[2] 公式計量をクリアできなかったファイターには、試合の開催有無とは別に、罰則や制裁が課せられる場合もある。

[3] Lakicevic, N., Paoli, A., Roklicer, R., Trivic, T., Korovljev, D., Ostojic, S. M., Proia, P., Bianco, A., & Drid, P. (2021). Effects of Rapid Weight Loss on Kidney Function in Combat Sport Athletes. Medicina (Kaunas, Lithuania), 57(6), 551.

[4] Faro, H., de Lima-Junior, D., & Machado, D. G. D. S. (2023). Rapid weight gain predicts fight success in mixed martial arts – evidence from 1,400 weigh-ins. European journal of sport science, 23(1), 8–17.

[5] マルチレベル・ロジスティック回帰分析の結果。性別、競技レベル、階級は試合結果と有意な関連なし。

[6] Connor, J., Germaine, M., Gibson, C., Clarke, P., & Egan, B. (2022). Effect of rapid weight loss incorporating hot salt water immersion on changes in body mass, blood markers, and indices of performance in male mixed martial arts athletes. European journal of applied physiology, 122(10), 2243–2257.

[7] Artioli, G. G., Saunders, B., Iglesias, R. T., & Franchini, E. (2016). It is Time to Ban Rapid Weight Loss from Combat Sports. Sports medicine (Auckland, N.Z.), 46(11), 1579–1584.

[8] 世界アンチ・ドーピング規程2015年版では、物質又は方法が3つの要件のうちいずれか2つの要件を充足すると、世界アンチ・ドーピング機構が判断した場合、その物質又は方法について禁止表に掲げることが検討されていた。

[9] ONE Championship.格闘技.2023年9月19日閲覧 https://www.onefc.com/jp/martial-arts/

[10] 山下大地,西牧未央,西口茂樹,和田貴広,荒川裕志.(2018) コンタクトスポーツの科学 レスリングの医・科学サポート.体育の科学.68(2): 101-105.

[11] United World Wrestling (2019).Wrestling Introduces New Weight Categories, Gender Equity, and Ranking Series.2023年9月19日閲覧 https://uww.org/article/wrestling-introduces-new-weight-categories-gender-equity-and-ranking-series