サブスクトレンド2023
〜超レッドオーシャンでの加入者促進策〜NETFLIXの施策は「順番」に意味がある

NETFLIXの新規加入ペースが好転した

図表1はNETFLIXの北米における加入者増加率の推移だ。2020年にはパンデミック起因の巣ごもり特需により一時的な盛り返しを見せたものの、近年は競争激化により増加率は下降傾向であった。これはNETFLIXだけではなく、他の動画サブスク企業においても同様だ。

しかし、NETFLIXは2022年Q4を境に増加率が好転した。競合他社も加入者促進のための施策を続々と投入しており、動画サブスク市場は完全なレッドオーシャンだ。それなのになぜNETFLIXにこんなことが可能だったのか?

図表1 NETFLIXの北米における加入者増加率の推移(増加率は前年同期比)
出所:NETFLIX

もちろんこれは、NETFLIXの様々な施策が効いたことによる結果なのだが、同社の近年の施策は単体で見てもあまり意味のある示唆は得られない。施策同士の「つながり」を見ることでNETFLIXの秀逸さが浮かび上がってくる。この点が、競合他社とは大きく異なる。

そもそも、サブスクサービスの本質とは、ユーザーに継続的に価値を提供することだ。動画サブスクなら、ユーザーが楽しめる動画コンテンツを開発しタイムリーに提案することが基本中の基本だ。しかし、レッドオーシャン化した動画サブスク領域では、今やどの企業もそれを高いレベルで実践している。そのような状況においても有効な集客施策ならば、他業界の企業が、今後サブスクの加入促進で行き詰まったときのヒントにもなり得る。今回は、そういった理由でNETFLIXの施策にスポットを当てる。

NETFLIXの施策は「順番」に意味がある

直近のNETFLIXの施策の中でも特に注目すべきは以下の3つだ。

①2022年11月  広告プラン(広告付き廉価プラン)開始
②2023年5月  アカウント規制開始、有料シェアプラン開始
③2023年7月  ベーシックプラン廃止
(上記年月は米国に関するもの)

結論から言うと、①の広告プランを「受け皿」としてまず用意し、その後に施策②や③を講じ、行き場を求める新規ユーザーをこの「受け皿」で取り込む。そして実はこの広告プランは稼げるプランにもなっているのだ。

順番に見ていく。

①広告プラン開始

2022年11月、世界12カ国で広告プランが始まった。動画1時間あたり4〜5分の動画広告が入る代わりに月額料金が安くなる。米国の広告プランは月額6.99ドル。既存プランで最も安かったベーシックプランよりも約30%安い価格設定だ(図表2)。

図表2 NETFLIXの既存プランと広告プラン
出所:NETFLIX

NETFLIXによれば、導入から約半年後の2023年5月17日時点で、広告プランのMAU(マンスリーアクティブユーザー)は全世界で約500万人、新規加入者の25%以上が広告プランを選んでいるという[1]

広告プランは実は「稼げる」プラン

しかし、廉価である広告プランに人が流れてしまうと、NETFLIXの収益的なうまみが少ないのではないか?そんなことはない。広告プランで特筆すべきは、1ユーザーあたりの平均月次売上(NETFLIXはARM[2]と呼ぶ)の高さだ。米国での広告プランにおけるARMは、スタンダードプラン(15.49ドル)よりも高くなる[3]。広告プランでは、ユーザーが払う料金は6.99ドルだが、そこに広告主から入る広告料収入を加味すると、その合計はスタンダードプランを超えるのだ(図表3)。

図表3 米国では1ユーザーあたりの売上では広告プランがスタンダードプランを上回る
出所:NETFLIX決算発表会トランスクリプトより

広告プランはユーザーから見ると最も安いプランだが、実は「稼げる」プランでもある。つまり、NETFLIXには、ユーザーを広告プランに誘導するインセンティブがあるのだ。

そして、この広告プランは、後述する施策②、③においても重要な役割を果たしていると考えられる。

②アカウント規制開始、有料シェアプラン開始

2023年2月〜6月、アカウントの不正シェアに対する規制を各国で順次導入した(米国は5月23日に開始)。アカウントの不正シェアとは、正規ユーザーとは別世帯の家族や知人が、その正規ユーザーのアカウントとパスワードを借りて不正に利用する、いわゆる「タダ乗り」のことである。以前より、NETFLIXはアカウント不正シェアの状況を調査しており世界で約1億世帯が不正利用をしていることをつかんでいた。

その不正利用者たちに警告メールを送り、正規申し込みを促し始めた。同時に、国によってはアカウントシェアのための有料シェアプランを新設した。タダ乗りを有料化したのだ。スタンダードプランとプレミアムプランのユーザーに限り、米国なら月額7.99ドルの追加料金で、別世帯のユーザーともシェアが可能になる。

アカウント規制をしたら、正規プランの加入が伸びた

アカウント規制が始まって、どのような効果があったのか?加入者は増え、業績もアップした。2023年4〜6月期決算によれば、売上高が前年同期比3%増の81億8730万ドル(約1兆1400億円)。そして全世界での会員数は589万人増となった(前年同期は97万人の純減だった)。増加幅は市場予測(約220万人増)を上回る大幅増であった[4]

この加入者増は、アカウント規制と共に導入した有料シェアプランが伸びたからだろうか?違う。NETFLIXは有料シェアプランのアカウントは純増数にはカウントしていない[5]。シェアプランはあくまでサブアカウントなので、それを正規のアカウントと同列には数えていないのだろう(もちろん売上アップには貢献するが)。

つまり、この期の加入者増は正規プランに入った人たちによるものだ。アカウント規制を入れたことで、(有料シェアプランの加入も伸びただろうが)正規プランの新規加入が伸びたのだ。

この新規ユーザーがどのプランを選んだかは非公開なので、あくまで推測だが、アカウントの不正利用をしていた人は、そもそもできるだけお金を払いたくないからそうしていたのだろう。そういった人たちが正式に入会するなら、廉価プランに目が向くはずだ。

そこで選ばれるのが広告プランである。価格だけで比べれば、有料シェアプラン(7.99ドル)より広告プラン(6.99ドル)の方が安い。これも広告プランへ誘導するかのような価格設定だ。

しかも、2023年4月には広告プランの内容をアップグレードしている。画質と同時視聴台数をスタンダードプランと同レベルにすることで広告プランをさらに魅力化した。

広告プランが新規ユーザーの受け皿として機能したものと考えられる。

③ベーシックプラン廃止

2023年7月、米国や英国でベーシックプラン(9.99ドル)を廃止した。同プランの既存ユーザーは継続利用できるが、新規受付はなくなる。今後は新規ユーザーが選べる正規プランは以下の3つになる(図表4)。

図表4 ベーシックプラン廃止後の正規プラン
出所:NETFLIX

ベーシックプランがなくなったことで、広告プランとスタンダードプランの価格差は大きく感じられる。一般的な松竹梅の価格ステップと比べるとかなり異質であり、広告プランに誘導したい思惑がうかがえる。

ここでも重要なのが各プランのARM(1ユーザーあたりの平均月次売上)である。NETFLIXとしては、前述したように、米国ではスタンダードプランよりも広告プランに加入してくれた方が売上は多くなる。

プランの価格差を広げて、安い広告プランに誘導する。そして実はその広告プランが儲かる、という構図だ。

この7月以降の公式な実績はまだ発表されていないが、おそらくここでも広告プランがプロフィタブルな受け皿として機能しているのではないだろうか。

ドラスティックな施策の前に受け皿の用意を

レッドオーシャンの中で復活の兆しを見せ始めたNETFLIX。その施策を抽象化するなら「ドラスティックな施策の前に受け皿の用意を。その受け皿に稼げる仕組みを。」といったところだろうか。

このような考え方が、別の業界における加入者促進策のヒントにもなるに違いない。

KDDI総合研究所コアリサーチャー 沖賢太郎

◼️関連コラム
サブスクトレンド2023 〜「所有しない」価値観だけではない、家具家電サブスクを押し広げるもう1つの理由(2023-09-22)
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◼️参考文献
[1] NETFLIX 2023 Upfront (2023.05.18)
https://about.netflix.com/en/news/netflix-2023-upfront-building-a-forever-business

[2] NETFLIXによるARMの定義:streaming revenue divided by the average number of streaming paid memberships divided by the number of months in the period

[3] NETFLIX 2023Q2決算発表会トランスクリプト
https://s22.q4cdn.com/959853165/files/doc_financials/2023/q2/netflix-inc-q2-2023-earnings-call-jul-19-2023.pdf

[4] 日経新聞 “Netflix4〜6月、売上高3%増 日本でアカウント共有禁止” (2023.07.20)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN186HL0Y3A710C2000000/?type=my#QAAUAgAAMA

[5]NETFLIX 2023Q2決算発表資料_株主への手紙
https://s22.q4cdn.com/959853165/files/doc_financials/2023/q2/FINAL-Q2-23-Shareholder-Letter.pdf