BMI商用化の現状―脳で念じて遊ぶゲームから睡眠改善、生産性向上ツールまで多彩な用途(1)

 私達の脳を探り、そこから得た情報を活用する「BMI(ブレイン・マシン・インタフェース)」技術は、既に商用化の段階に入っている。それらは、より一般的には「ブレインテック」とも呼ばれ、脳にまつわる広範囲のビジネスを指すことが多い。

 「脳の思念でコンピュータを操作する―BMIあるいはブレインテックの夜明け」で紹介したフェイスブックなど巨大IT企業、あるいは著名な起業家イーロン・マスク氏らが創業したニューラリンクなどに加え、欧米や日本をはじめ世界各国でスタートアップ企業が続々とこの分野に参入している。

 ブレインテックの市場規模は、今から数年後には世界全体で年間数千億~数兆円に上るとの予想も聞かれる。が、筆者個人の偽らざる感想を言わせて貰えば、現段階で具体的な数字を見積もるのは極めて難しい。確かに商品化されたBMIのケースはあるが、未だ本格的な市場を形成するには至っておらず、今後の成長ペースを予測できるような状況にはないからだ。

 とは言え、個々のビジネスを具に見ていくことで、ブレインテックあるいはBMIの社会的意義や将来性について考えることは可能であろう。

レスポンスに課題は残るが、念力のような全能感も

 BMIは手術で脳にセンサーや半導体チップ等を埋め込む「侵襲型」と、そうした手術を必要としない「非侵襲型」の技術(方式)に大別される。現時点で商品化されているのは、非侵襲型の方が圧倒的に多い。まずは、こちらから見ていくことにしよう。

 仏ネクストマインド(NextMind)は、パリに本拠を構えるスタートアップ企業だ。同社が最近発売した非侵襲型のBMI製品は、主にVR(仮想現実)やAR(拡張現実)用のウエアラブル端末等と組み合わせて使われることを想定している(図1)。


図1 仏ネクストマインドの非侵襲型BMI端末。主にビデオ・ゲームの操作に使われることを想定している。
出典:https://www.next-mind.com/

 ネクストマインドのBMI端末は、HMD(ヘッドマウント・ディスプレイ)のヘッドバンドに取り付けられた形で、ユーザーの後頭部に装着される(図1)。

 私達人間の後頭部には脳の視覚野が存在するが、ここは文字通り、私達の目から入ってきた視覚情報を処理する脳の領域だ。BMI端末は、この領域から発せられる脳波を検知して、Bluetooth無線でコンピュータに送信する。

 これにより、ユーザーはVR・AR用のHMDに表示される3Dビデオ・ゲーム等を、脳から念じるだけでプレーできる。その一連の様子を、ビデオゲームのレビュー(評価)を専門に行うユーチューバー、Tyriel Wood氏が公開している(図2~6)。

 ネクストマインドのBMI端末は円形の外付け装置で、その内側には脳波を計測するための電極が何個も取り付けられている。前述のように、この端末をHMDと組み合わせて使用する。

 実際にゲームを遊ぶための準備として、ユーザーは予めメーカー(ネクストマインド)側が用意したキャリブレーション(較正)用ソフトを使用する必要がある。そこでは、画面に表示された複数の図形の中から、その一つに意識を集中させて、そこにカーソルを移動するなど、システムの較正に必要な幾つかのメニューが用意されている。

 ユーザーがこれらの作業をこなすプロセスをシステムが機械学習することにより、ユーザーの後頭部から発せられた特定の脳波と、カーソル移動などのアクションを紐づけるキャリブレーションが行われる。

 このキャリブレーションが完了すると、ユーザーは念じるだけで実際のゲームを遊ぶことができる。ただし、現時点で遊べるのは、ごく初歩的なシューティング・ゲームなどに限られる。たとえば画面上を動き回るエイリアンに狙いを定めて、これを撃破するといった単純なゲームだ。

 そのレスポンス・タイムにはムラがある。ユーザー(ゲーマー)がエイリアンに狙いを定め、これを撃とうと念じると、1秒以内にこれが撃破される場合もあれば、ときには3、4秒以上もかかってユーザーがイライラするケースもある。

 いずれにせよ、これなら、むしろ従来のマウスやキーボード、あるいはゲーム専用機のボタンやジョイスティック等を使った方が余程プレーし易いし、レスポンスも速い。

 それでも敢えて脳波のようなBMIを使う理由があるすれば、それは従来のゲームにはない目新しさや全能感にあるだろう。手を使う代わりに脳から念じるだけでエイリアンを倒せるというのは、自分が一種の念力(psychokinesis)を操る超能力者のような感覚をもたらしてくれるからだ。

 ネクストマインドのBMI端末の価格は399米ドルだが、これまでの販売台数等は明らかにされていない。

図2 ネクストマインドのBMI端末の表側
出典:https://www.youtube.com/watch?v=U_WxaDHNw6I
図3 BMI端末の内側には脳波測定用のセンサーが多数装備されている
出典:https://www.youtube.com/watch?v=U_WxaDHNw6I
図4 特定の脳波とアクションのマッチングを行う較正作業の様子
出典:https://www.youtube.com/watch?v=U_WxaDHNw6I
図5 較正作業が完了した後は、脳から念じるだけでゲームを遊ぶことができる
出典:https://www.youtube.com/watch?v=U_WxaDHNw6I
図6 脳で念じてから、実際にエイリアンを撃破するまでの時間にはムラがある
出典:https://www.youtube.com/watch?v=U_WxaDHNw6I

(次回へ続く)

KDDI総合研究所リサーチフェロー 小林 雅一