事故で言葉を話せなくなった男性が、脳にコンピュータを接続して再び話す
今から18年前の交通事故で言葉を話せなくなった男性が先日、脳から直接コンピュータを操作する技術により久しぶりの会話をすることに成功した(図1)。米国の大学で実施された臨床研究(試験)の成果である。
このような技術は一般に「BMI(ブレイン・マシン・インタフェース)」と呼ばれ、文字通り私達人間の脳とコンピュータのようなマシン(機械)を接続する技術だ。最近では、世界的に著名な起業家イーロン・マスク氏が新たに立ち上げたニューラリンク社も、この分野に参入するなどして俄かに脚光を浴びている(https://rp.kddi-research.jp/atelier/column/archives/6)。
話せなかった患者が話せるようになるのは史上初
今回の臨床試験を行ったのは米カリフォルニア大学サンフランシシコ校のエドワード・チャン(Edward Chang)教授らの研究チーム。被験者となった現在38歳の男性は、自らの希望で氏名を明かしていない。
過去に実施された類似の研究では、事故や病気で手足など身体の麻痺した患者がBMI技術によって、脳から念じることでパソコンに文字を入力する等の成果が報告されている。こうした患者の場合、その言語能力は全く損なわれていなかった。
これに対し、今回の臨床試験のように事故で言語能力を失った人間が、コンピュータの力を借りて”話す”ことが出来たのは史上初の出来事と見られている。この研究成果は米国の医学専門誌 New England Journal of Medicineに発表された(https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2027540)。
脳の電気信号をコンピュータが解読する仕組みとは
男性の脳の表面には、予め手術で「(脳が発する)スパイク信号」と呼ばれる電気信号の読み取り装置が装着されている。この装置は薄いシート状で、そこに128個の電極がついている。
従来のBMIでは、こうした読み取り装置は超小型の剣山のような形をしており、それが脳の表層より若干内側の部分に「埋め込まれた」が、今回の臨床研究では、より広範囲に渡るシート状の読み取り装置が、脳の表面に「置かれた」ような格好になっている(図2)。
この読み取り装置が装着されたのは、大脳皮質の「感覚運動野」と呼ばれる領域だ。ここは、私達人間が何かを話すときに「顎(あご)」や「舌」、「声道」など発声器官を制御する脳の領域だ。
被験者の男性は18年前の事故以来、確かに話す能力は失われたが、脳の感覚運動野の能力は損なわれずに残っていた。このため臨床試験で男性が脳から何かを話そうと念じると、感覚運動野がまるで発声器官を制御するかのように、それらの発話運動に該当するスパイク信号を発する。
この信号を脳に装着された読み取り装置が拾い上げて、頭部から突き出た連結装置、さらに通信ケーブルを経由してコンピュータへと送信する。
このコンピュータに搭載されている機械学習ソフトが、送られてきたスパイク信号を解読することによって、男性が話そうとした言葉(文章)がディスプレイに表示される。これによって周囲の人との会話が成立するという流れだ(図3)。
KDDI総合研究所リサーチフェロー 小林 雅一