殿様マイクロソフトも腰をあげた
2023年6月、マイクロソフトがSurface向け交換部品の一般販売を開始した。ディスプレイやバッテリーなどの純正パーツを提供し、ユーザー自身でのデバイス修理(セルフリペア)を可能にしようというのだ。また近年、Surface本体も、ユーザーが修理しやすいように設計レベルで仕様変更されている。最新のSurface Pro9では、バッテリーはネジどめ式になり交換が容易になった。
以前のモデルSurface Pro7はというと、バッテリーもディスプレイも接着剤で固定されており、個人での交換は不可能だった。デジタルガジェットを分解し評価することで知られるiFixitのレビューでは、この過去機種のリペアラビリティ(修理可能性)が10点満点中1点で、「最悪の犯罪者」という不名誉な呼び名で紹介された[1]。
今、様々な業界でこのセルフリペアを促す動きが増えている。コンシューマーエレクトロニクス業界もしかりだ(図表1)。修理の選択肢が増え、デバイスを長く使えるならユーザーは嬉しい。また、廃棄するモノも減るなら環境的でもある。マイクロソフトといえば長年PCの世界で圧倒的存在感を維持し続ける殿様のような存在だ。その殿も動いたのにはどのような背景があるのか。
テックジャイアントを動かしているのは「修理する権利」
背景にあるのは、修理のあり方を制度レベルで見直そうという欧米の動きだ。目指す姿は、修理を望むユーザーが、メーカーの制限を受けることなく、合理的な選択肢を選べる権利(修理する権利)を確保することだ。見直しの議論の中には、ユーザーの修理機会を増やすために、メーカーに対して、ユーザーと独立系修理事業者の両方に修理のための純正パーツやマニュアルを提供させる方針もある。
そもそもなぜこのような見直しが起きているのかといえば、修理におけるメーカー優位な構造が様々な問題を引き起こしていたからだ。これまで、修理を検討しているユーザーが取れる選択肢は、メーカーが認めた公式修理サービス一択であり、それ以外を利用すると製品に付帯するメーカー保証自体が消えてしまうことが一般的だった。このような状況下では、メーカーが修理費用を高額に設定できたり、またそうすることで、修理ではなく新製品の買い替えにユーザーを誘導できたりもする。廃棄物は増え、ユーザーは不当な出費を強いられる可能性があった。
そんな問題を解消すべく、世界各地で制度見直しの検討が進む。EUでは2020年11月、消費者の「修理する権利」を保護するための決議が採択された。米国でも、ニューヨーク州が2023年7月1日、「修理する権利」を保護する全米初の法律を施行した。その他の州も法制化に向けて動いている。
セルフリペアなんて本当にできる?フェアフォンが教えてくれるヒント
これらの変化を踏まえて未来を想像すると、様々なものを修理して使うことが当たり前になっている世の中がうっすらと見える。
一方で、現代の情報デバイスをユーザーが自分で修理するなど本当に可能なのだろうか?サステナビリティの時代とはいえ、1つのデバイスを長く使うことが産業のムーブメントになっていくのか?
これらの問いに答えるためのヒントをくれそうな、オランダの事例を紹介したい。アムステルダム拠点のフェアフォン(Fairphone)は2013年より、リペアラブルで環境負荷の低いAndroidスマホと、修理・交換のための専用パーツを提供している。2021年9月には5G対応機種であるフェアフォン4をリリース(図表2)。2022年2月時点でのシリーズ累積販売台数は40万台[2]となっており、欧州でゆっくりと支持を伸ばしてきた。2023年7月には米国での発売も開始。奇しくも、ニューヨーク州が前述の法律を発効した月と同じだ。
また、これまでに累積で約9400万ドル(約132億円[3])の資金調達に成功しており[4]、市場からの期待もうかがえる。
フェアフォンのスマホにはサステナブルな理念に基づいた様々な特徴があるが、今回は、デバイスの長期利用を可能にしているハード面(①)、ソフト面(②)の特徴2つをハイライトしたい。
① 素人でも修理できる構造〜バッテリー交換なら工具不要
フェアフォンシリーズの構造は、セルフリペアを前提としたものになっている。まず、とにかく開けやすい。図表3からはフェアフォン4を開ける様子がわかる。背面カバーの”くぼみ”に指をかけて開ける。ネジなどもないので本当に簡単だ。背面カバーを外すとお目見えするバッテリーも簡単に手で外せる。イメージでいうと、ガラケーのバッテリーを外すのに近い(若い人はわからないだろうが)。つまり、バッテリー交換だけなら工具すらいらない。
その他の主要パーツも、ユニット構造になっているため、交換は容易だ。必要な道具は、一般的なドライバーとギターピック(?)だ。ピックは、パーツとパーツのすき間に差し込んだり、部品を外したりするのに使う。使わなくなったクレジットカードでもOKだ。
前述の図表3では、ディスプレイの交換を実演しているが、これまた簡単だ(スマホのディスプレイ交換にしては)。バッテリーを外した後に、ディスプレイを固定している8つのネジを外す(図表4左)。次に、基盤とディスプレイを接続しているコネクターをピックで外す(図表4右)。そして新しいディスプレイを用意し、今度はこれまでとは逆のステップで組み立てていく。
フェアフォンを見ていると、自分でも部品交換ができる気がしてくる。実際に試したNYタイムズの記者は「フェアフォンの分解は簡単だった。デジタルデバイスを自分で修理する自信がついた」と語っている[5]。
② OSアップデートも長期サポート
ハードが長持ちしても、ソフトがそれについてこなければデバイスは長く使えない。一般的なアンドロイドスマホは発売から2〜3年経つと、メーカーはOSアップデートの提供をやめてしまう。「買い替えどきですよ」というメーカーの声が聞こえる。
一方フェアフォンは、OSアップデートも長期サポートしている。2015年発売のフェアフォン2では、OSの提供は7年間続いた[6]。後続のフェアフォン3(2019年発売)においても、2024年までのOS提供を予定している。同社の目標ではさらに2年延ばして2026年までのサポートを目指す(図表5)。
日本にもセルフリペアの波がやってくるのか
フェアフォンは、サステナブルスマホの事例としてこれまでも様々な媒体で取り上げられてきたが、世界で製品修理が見直されつつある今このタイミングだからこそ、改めてこの先駆者の特徴を紹介したいと考えた。
では、日本でも情報デバイスのセルフリペアが始まっていくか?以前に比べれば修理の選択肢は少しずつ増えてはいるが、ユーザーによるセルフリペアはまだ認められていないのが現状だ。国内で流通する”電波を発するデバイス”には、電波利用の基準をクリアしていることを示す「技術基準適合証明(技適)」がついている。もしもユーザー個人がこれらデバイスを分解して修理すると、技適違反になってしまう可能性がある。ゆえに、国内ではスマホのセルフリペアは現状難しい。
しかしこれまで述べてきたように、世界ではセルフリペアのための純正パーツが販売されるようになり、デバイスもセルフリペアを前提とする仕様に変わり始めている。サステナビリティが世界共通アジェンダとなっている現代ならば、このセルフリペアの流れも大きくなっていくかもしれない。そうなれば、日本には「変わらない」という選択肢は残っていないのではないか。
KDDI総合研究所コアリサーチャー 沖賢太郎
関連コラム
捨てない暮らし(2022-01-07)
https://rp.kddi-research.jp/atelier/column/archives/409
参考文献
[1] Does the Surface Pro 9 Mark a Turning Point for Repairability at Microsoft?
https://www.ifixit.com/News/68671/does-the-surface-pro-9-mark-a-turning-point-for-repairability-at-microsoft
[2] BBC “The mobile phones you can take apart and repair yourself”(22 February 2022)
https://www.bbc.com/news/business-60374806
[3] 為替レート:1ドル=140.74円(2023/7/11)
[4] Crunchbase
https://www.crunchbase.com/organization/fairphone/company_financials
[5] New York Times “A Smartphone That Lasts a Decade? Yes, It’s Possible.”( Sept. 8, 2022) https://www.nytimes.com/2022/09/08/technology/personaltech/smartphone-lasts-decade.html
[6] Fairphone “An Update on Fairphone 2”(2023/1/9)
https://www.fairphone.com/en/2023/01/09/an-update-on-fairphone-2/