研究員がひも解く未来

研究員コラム

捨てない暮らし

KDDI research atelierでは、各分野の制約や境界を乗り越え、先進的な生活を送っている「越境走者」と新しいライフスタイルの実現を模索している。そうした新しい取り組みに「GOMISUTEBA」というプロジェクトがある(写真1)。このプロジェクトでは、不要品を3Dデータとしてデジタル化しサイバー空間上に集約し、どこからでもそれらを素材として閲覧できる仕組みや、形の違う素材の組み立てを補助する接続パーツの考案を通じて、ごく普通の人でもアップサイクル[1]できる社会を目指している。

[1] 不要になったもの、使わなくなったものにデザインやアイデアといった新たな付加価値を持たせることで、そのものの価値を高めて生まれ変わらせること。

写真1 GOMISUTEBAでアップサイクルされた家具
出典:FUTURE GATEWAY webサイト
https://future-gateway.jp/project/gomisuteba/

GOMISUTEBAは循環型経済や環境負荷低減の観点において、「捨てない暮らし」を後押しする取り組みの1つだが、今の世の中、SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)の言葉を聞かない日はないくらい、多くの人が持続可能性を社会課題として認識するようになった。それに合わせ、リユース、リペアの意識も少しずつ広がってきている。

リユース市場の拡大と意識の変化

リサイクル通信「リユース業界の市場規模推計2021(2020年版)」によると、日本での2020年のリユース市場規模は前年比2.5%増の2兆4,169億円で、2009年以降11年連続で増加し、リユース市場は拡大傾向にあるという。

市場規模拡大の要因の1つに、EC やフリマアプリのオンラインでの販路の拡充がある。中でも、フリマアプリ「メルカリ」の登場は人々の意識を変えた。メルカリは、個人が簡単にモノの売り買いが楽しめるフリマアプリである。スマホだけで個人間の売り買いが完結する手軽さや、独自の決済システムや匿名配送サービス、トラブル時のサポートや偽ブランド、不正出品物の取り締まりにより安心安全に買い物ができることがメルカリの強みだろう。メルカリが普及したことにより、家に眠っている不用品が価値になることに人々は気づき、“不要なものは捨てる”から“不要なものは売る”へと意識が変化した。また不用品を売り買いすることで、中古品への抵抗感も薄れた。特に若者の間では“新品離れ”が進んだという。メルカリが実施した調査によると、2019年調査では中古品に抵抗を感じない人が半数を占めていたという。コロナの影響により、その傾向は若干変化し、2020年調査では中古品への抵抗があると答えた人が8%ほど増えてはいるものの、「売る時のことを考えて、モノを大切に扱うようになった」や「リサイクルを意識するようになった」と回答した人が半数を超え、モノやリサイクルに対する意識も変化している。また、2018年に実施された調査では、リペアサービスの利用意向に触れ、「修理が必要だがまだ使えるモノを修理して出品してみたい」とアプリ利用者の42.5%が回答し、さらに年代別では20代の半数以上が修理して出品する意向を示し、リペア意識も高めた(図表1)。

図表1 修理して出品する意向(年代別)
出典:メルカリ
https://about.mercari.com/press/news/articles/20180731_consumersurvey/

海外の「修理する権利」

2021年11月、Appleから「Self Service Repair」が発表され、iPhoneなど一部のApple製品が今後はApple Storeへ持ち込まずとも、ユーザ自身での修理が可能になる。2022年より米国からサービスを開始し、順次各国へ広げていくとのこと。これまでAppleは、Apple Storeと正規サービスプロバイダ以外での製品の修理を認めない方針を貫いてきたが、それが一変、ユーザに必要な修理ツールや正規部品を提供すると発表し、注目を集めている。

今回のAppleの方針転換の背景には「修理する権利」(right to repair)の欧米での法制化が関係していると言われている。欧州連合(EU)では、2020 年11月に「修理する権利」に関する規則案が採択され、2021年3月から適用が開始されている。米国では、バイデン大統領の命を受け、2021年7月に米連邦取引委員会(FTC)が「修理する権利」に関する法律の施行を全会一致で可決した。メーカー側は安全性の問題などから積極的に部品の提供やマニュアルの提示をしてこなかったが、製品を修理する権利はメーカーではなく消費者のものであることが法律によって定められたのである。ただ、この法律ができるまでには地道な活動があった。

オランダ在住の環境問題をテーマにしたフリージャーナリストのマルティナ・ポストゥマさんが考案した「リペアカフェ」。人々は地域の公共スペースや空き店舗に修理したいものを持ち寄り、ボランティアの助けを借りて、そこにある修理道具を使い、壊れた家電製品や電子機器、自転車、衣服、おもちゃなどを修理する(写真2)。ポストゥマさんは、2009年アムステルダムで初のリペアカフェを開き、その後、世界中で各地元のグループが独自の修理カフェを設立するのを支援するリペアカフェ財団を設立した。現在、世界中に2,200以上のリペアカフェがあり、日本にも関東に3箇所、関西に2箇所ある。今では、リペアコミュニティを形成するだけでなく、世界中のリペアカフェのボランティアらの修理に関する知識をデータベース化し、共有できるようにしたり、3Dスキャナーや3Dプリンターを活用した修理ができる拠点を作ったりしている。こうした活動があって市民の「修理する権利」が明文化されるに至った。

写真2 リペアカフェで修理する人々
出典:REPAIR CAFE webサイト
https://repaircafe.org/en/about/

日本の「もったいない」と金継ぎの精神

もともと日本には「もったいない」精神がある。環境分野で初のノーベル平和賞を受賞したワンガリ・マータイさんが、2005年の来日の際に感銘を受けたのが「もったいない」という言葉であることは、みなさんもご存知のことだろう。今やMOTTAINAIは世界共通語となっているが、この「もったいない」精神の起源は江戸時代に遡るという(環境省 「平成20年版環境白書・循環型社会白書」より)。瀬戸物や茶碗を接着してなおす焼継(やきつぎ)屋や、鍋や釜を修理する鋳掛(いかけ)屋、桶や樽の枠をはめ直す箍(たが)屋、傘や提灯の張り替え屋等、江戸の都市には1,000以上の組織がリサイクルを生業として働いていたという。江戸時代は今のように簡単にモノが手に入る時代ではなかった。そのため幕府が倹約令を頻発し、武士はモノを無駄に使わず、慎ましく暮らす「質素倹約」を命じられていた。庶民も貧しく、モノを長く続ける工夫をしていた。しかし、明治以降、西洋文化の影響や高度経済成長により大量消費の時代へと移り変わり、今日ではモノがあふれる時代となっている。

そんな現代で、今「金継ぎ」が注目されている。金継ぎは、壊れた器を、漆を使って修復する伝統的な技法だ。最近では、金継ぎセットが販売されていたり、各地でワークショップや教室が開かれていたりして、初心者でも簡単に始められる。しかも、日本だけでなく世界でも金継ぎへの関心が高まっているという。修復というと、なるべく目立たないように修復箇所を隠したり馴染ませたりするのが一般的だが、金継ぎは傷を隠さず、あえて金や朱色で彩り目立たせる。不完全であることの美しさや、傷自体をモノの景色や歴史として受け止める。諸行無常や侘び寂びにも通じる、なんとも日本的な美意識である。この思想に世界の各界が触発され、アメリカのロックバンドが「Kintsugi」というアルバムを発売したり、金継ぎをテーマにしたオートクチュールコレクションが発表されたり、映画「スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け」(2019年)では金継ぎにインスピレーションを受けた場面が登場したりしている。

写真3 金継ぎで修復されたカップ
出典:photoAC
https://www.photo-ac.com

オランダ在住のサーキュラーエコノミー・ジャーナリストの西崎こずえさんは金継ぎが世界で注目を集めている理由の1つとして次のように分析している。

飾らず、欠点も受け入れて見せていくことを賛同する潮流だ。(中略)欠点も含めて自分であり、完璧ではない自分を受け入れて自信を持つことこそ美しいといった考え方が圧倒的に支持を集めていること。

(ウェブメディアDeeper「なぜ今、世界はキンツギに魅了されるのか」より引用)

また、金継ぎ師の黒田雪子さんは「(金継ぎを)やりだすと無心になって、心配や悩み事を忘れてしまう。至福の時。(器を)直しているのだけれど、自分が直っていく。傷が美しいので、それをより良く見せていこうとするだけ。」と語っている(NHK World「Kintsugi: Giving New Life to Broken Vessels – Zero Waste Life」)。

「金継ぎ」の世界観はリペアやアップサイクルの概念を超え、これからの生き方や在り方のヒントとなるだろう。

実行に移すのは難しいが……、やってみると清々しい

翻って、自分自身はモノを捨てないことは良いことと分かっていても、リペア、リユースというのは、日常的にはできていない。リペアやリユースを無理なく自然に生活の一部として取り入れるには、「環境のため」というだけでは、なかなか行動に移すのは難しい。どうしたものかと考えていた矢先、自分の不注意からスマートフォンを落とし、液晶画面が割れてしまった。翌日、店舗に持ち込み、修理をし、何事もなかったかのように綺麗になった。この原稿を書いていたからだろうか、今回は買い替えではなく修理する方を自然と選んでいた。鮮やかな手つきで修理を行う様は、見ていてとても気分が良かったし、何より壊れて捨てるのではなく直して使い続ける自分が清々しい。これまでも擦り減った靴底を修理して履き続けたり、デザインが古くなったコートをリフォームに出して今の気分に合ったデザインに作り変えたりして、長く使い続ける工夫をしたことがあった。考えてみれば、愛着があるもの、大切にしたいものは修理をしてでも長く使い続けたいものだ。スマートフォンも、いつの間にか、あまりにも自分の身近でなくてはならないもの、愛着のあるものとなっていたのだ。家電や電子機器が単なる家事や仕事を効率的にするための製品ではなく、暮らしの中でなくてはならない存在になっていることに改めて気づき、欧米で「修理する権利」が叫ばれていることに対して、自分の中で腑に落ちた。今回スマホ修理を通じて “捨てない暮らし”を実践していく気持ちを新たにした。

KDDI総合研究所アナリスト 畑中梨沙

◼️関連コラム
スマホを自分で修理できる時代がきた(日本以外で)(2023-07-28)
https://rp.kddi-research.jp/atelier/column/archives/4761