研究員がひも解く未来

研究員コラム

本に魅せられて:書店・読者発の新たな価値創造の取り組み

10月末、本の街として知られる東京・神保町で開催されたブックフェスティバルに今年も行ってみた。神田古本まつりの会期中に開催されるこのイベントは、出版社のワゴンセールや、「ちよだ文学賞」の授与式、コンサートや漫才、子ども向けのおはなし会など盛りだくさんの内容で、本の一大イベントとなっている。どの出版社のワゴンのまわりにもたくさんの人だかりができ、おはなし会では子どもたちが目を輝かせながら聴き入り、街全体が熱気を帯びているようであった。この時期、本に関するイベントは各地で盛り上がりを見せる一方、出版を取り巻く環境は厳しい。出版科学研究所が発表した2022年(1~12月期)の出版市場規模は、紙と電子を合算して1兆6,305億円と前年を2.6%下回る結果となった[1]

厳しい環境下でも、このように本に魅せられてイベントにやってくる人は大勢いて、出版文化の底堅さを感じている。イベントに留まらず、本に魅せられた人々の本の価値にフォーカスした新しい取り組みは行われている。今回はその取り組みの一部について紹介したい。

出版業界でも「TikTok売れ」の大きな波

数年前からTikTok上で本を紹介することが流行している。「Book」と「TikTok」を合わせたハッシュタグ「#BookTok」は、2023年12月1日現在2,010億回(201B)以上の動画が再生されている。

【図表1】「#BookTok」が人気のハッシュタグとなっている
出典:TikTok

TikTokは、15秒~3分の短い動画を投稿し共有するSNSだが、AIによりパーソナライズされたおすすめコンテンツが表示される仕組みが特徴である。TikTokは他のSNSと違い、フォロワーが少なくてもおすすめコンテンツに表示される仕組みとなっているため、初めての投稿やフォロワーがいない人の投稿の場合でも、再生数が数十万回となることもあり、一気に拡散されることも珍しくない。

そのような爆発的な拡散力により、TikTokをきっかけにサービスやモノに注目が集まり大量に商品が売れる「TikTok売れ」という現象も起こっている。出版業界・書店業界にもその波は広がり、アメリカの書店では「#BookTok」で話題になった本を集めたコーナーができる程である。最大手チェーンのバーンズ・アンド・ノーブル(Barnes & Noble)の担当者は、「ほかのソーシャルメディアがきっかけで、1カ月に数十万部とか、ここまで飛ぶように売れるのは見たことがない」という[2]。また、カナダの図書館では、「#BookTok」で話題になった20タイトルの2019年9月から2022年8月の貸出データを調べたところ、貸出が561%も増加したとのことである[3]

日本でも「小説紹介クリエイター けんご」がTikTokで紹介したことで、増刷された書籍が多数ある。約30年前に発表された筒井康隆の作品『残像に口紅を』は、「けんご」が紹介した後、4カ月で11万5,000部の増刷につながった[4]

賞や部数、出版社のおすすめや著名人の書評から本を選ぶのではなく、同年代のユーザーや自分に近い存在のユーザーから本を紹介されることで読みたくなるといった口コミの効果は以前からあったが、TikTokの爆発的な拡散力でその威力は格段に増し、新しい読者を獲得している。

無人書店が書店なし駅の解決策となるか?

若者の読書離れに加え、市場の縮小や電子書籍の普及、Amazonなどオンラインで本を購入できるようになったことなどが影響し、街の本屋は減少している。最近も、井伏鱒二や太宰治ら文豪たちが集った街、阿佐ヶ谷で唯一の新刊書店が閉店するということがニュースで取り上げられた[5]。2000年には20,000店以上あった書店が、2020年には約半数の11,024店まで減少し[6]、書店のない街や書店のない駅が増えつつある。

そんな中、出版物の取り次ぎを行う日本出版販売株式会社(日販)は、今年9月、東京メトロ溜池山王駅の駅構内に完全無人書店「ほんたす」をオープンした。書店経営を圧迫する人件費と賃料を抑え、生活導線上にリアルな本との接点が失われている課題を解決するという。この店舗は「ほんたす」の第1号店であり、実証実験として運営されている。実証の期限は区切らず、持続可能な新しい書店モデルを確立し、今後、人件費の高騰や後継者不足など書店が直面する課題に対応することを目指すとのことである[7]

【図表2】ほんたす ためいけ 溜池山王メトロピア店(筆者撮影)

実際、店舗に足を運んでみたが、無人で店舗運営するための仕組みとして、LINE登録による入退店の管理やセルフレジでのキャッシュレス決済を行っていた。コンパクトな店舗ながらもビジネス書、文芸書、実用書、雑誌がバランスよく取り揃えられている印象であった。置いている商品については、店舗に設置したカメラを通して来店者の属性や動線などをAIにより分析することに加え、LINEを通して直接顧客ニーズを収集しているということである[8]

小さな店舗の場合、どうしても店主の目が気になってしまうものであるが、人目を意識せず自分のペースでゆっくりと気になった本を手に取れるのは、体験として良いと思った。一方で、何か不測の事態が起こった場合、どう対処するのだろうか。その点に関しては、ライブカメラで店内を監視することで、トラブル抑止や災害時の状況把握など緊急事態の対応を行っているという[9]

日販と並ぶ大手取次会社の株式会社トーハンも今年3月から実証を進めていた無人化による24時間営業「MUJIN書店」の正式運用を8月から開始し、その2号店を11月にオープンした。今後、複数店舗に「MUJIN書店」のソリューションを展開していくとのことである[10]

もともと書店の利益率は他の小売業と比べて低いと言われている[11]。無人店舗により、人手不足や人件費を抑えて収益構造を改善し、新しい時代の波に合わせた持続可能なビジネスモデルを模索している。

本屋めぐりという体験価値にフォーカスした御書印(ごしょいん)

取次だけでなく、書店自身も経営の持続可能性を追求し、本を売ること以外で収益を得る試みがされている。書店で文具や雑貨を買うことができたり、コーヒーが飲めたりすることはすでに一般的であるが、入場料を払って入店する書店や泊まれる本屋など、書店体験自体に価値を見出し、それを売りにするケースも出てきている。

2000年代、パーワースポットブームで神社仏閣を巡り御朱印を集めるのが流行となり、今ではすっかり定着した感があるが、御朱印ならぬ御書印(ごしょいん)が静かな盛り上がりを見せている。御書印は参加書店を巡り、書店で300円を支払うと、書店員が選んだ本のタイトルや一節とオリジナルの印を入手できる[12]

実際、御書印をもらってみたが、丁寧に本のタイトルを書いてもらうとその本や書店に興味が湧くとともに、他の書店ではどんなタイトルや一節が書かれるのか楽しみでいろいろと巡ってみたくなった。また出版不況で厳しい状況の書店を、本を買うこと以外で気軽に応援できる良い仕組みだと感じた。

2023年12月1日現在、北は北海道利尻島から南は沖縄石垣島まで、さらには台湾の書店も参加し440店まで参加店舗が増えている。参加店舗はウェブサイト(note)上で確認することができ、X(旧Twitter)やInstagramなどでは「#御書印」や「#御書印巡り」といったハッシュタグで実際に御書印をもらったユーザーや参加店によって投稿がされ、その輪が広がっている。

【図表3】書店により書かれる本のタイトルや一節、スタンプは様々(筆者撮影)

色褪せない本の魅力が新たな出版文化を創造

書店の閉店や読書離れなど、出版業界は苦境に立たされている。しかし、本に魅せられた読者は読書体験を共有・拡散することで新しい読者を増やし、取次は無人店舗により書店の収益構造を改善し、持続可能なビジネスモデルを模索している。書店は書店体験自体に価値を見出し、顧客接点を増やそうとしている。三者三様の取り組みを紹介したが、この他にも書棚を借りて借主がセレクトした本を売るシェア型書店(コミュニティ書店)の広がりや作家自身が本屋を出店するケースも出てきている[13][14]

電子書籍の普及やオンライン書店の台頭により、リアルの書店が閉店してしまうのは仕方ないと思う一方で、店舗は全く不要と思っている人は少ないだろう。街に書店がなくなるということは、街として大切なものを失ってしまうように筆者は感じる。本に魅せられた人々は、時代に流されることのない本の普遍的な価値に着目して、自ら動き出している。これらの取り組みは、今後、読書文化の活性化や書店の復権につながる重要な意味を持つだろう。本と私たちの繋がりをより深め、より豊かな文化を作り出す原動力となるに違いない。

KDDI総合研究所コアリサーチャー 畑中梨沙

■関連レポート
拡張する絵本の世界(前編)(2020/2/21)
https://rp.kddi-research.jp/article/RA2020003

拡張する絵本の世界(後編)(2020/11/02)
https://rp.kddi-research.jp/article/RA2020020

■参考文献
[1] 公益社団法人全国出版協会・出版科学研究所ニュースリリース(2023/1/25)
https://shuppankagaku.com/wp/wp-content/uploads/2023/01/ニュースリリース2301%E3%80%80.pdf

[2] 東洋経済オンライン「「TikTok」で本を売りまくるティーン姉妹の正体 感情モロだしのビデオが利用者に大ウケ」(2021/3/28)https://toyokeizai.net/articles/-/419286

[3] BookNet Canada, “The real impact of #BookTok on library circulation”(2022/10/7)
https://www.booknetcanada.ca/blog/research/2022/10/7/the-real-impact-of-booktok-on-library-circulation

[4] CNET Japan「「小説紹介クリエイター」のけんごさんに見るTikTokが中高生に刺さり本が売れるワケ」(2022/1/8)https://japan.cnet.com/article/35181359/

[5] NHKニュース「阿佐ヶ谷から本屋が消える 太宰治 井伏鱒二も集った街で…」(2023/11/17)https://www3.nhk.or.jp/news/html/20231117/k10014260901000.html

[6] 文化通信「【アルメディア調査】2020年 日本の書店数1万1024店に、売場面積は122万坪」(2020/6/23)https://www.bunkanews.jp/article/219153/

[7] 日本出版販売株式会社ニュースリリース(2023/9/14)https://www.nippan.co.jp/news/hontasu_20230914/

[8] 同上

[9] 同上

[10] 株式会社トーハンニュースリリース(2023/11/20)https://www.tohan.jp/news/20231120_2203.html

[11] 出版流通学院「書店の利益率は減っているのか?」(2020/2)
https://ryutsu-gakuin.nippan.co.jp/n-column-cat2-3/

[12] 御書印プロジェクト公式サイトhttps://note.com/goshoin

[13] 読売新聞オンライン「書棚を借りて「推し」の本並べ、私も小さな本屋さんに…「シェア型」書店人気」(2023/8/22)https://www.yomiuri.co.jp/local/kansai/news/20230822-OYO1T50021/

[14] 朝日新聞デジタル「作家・今村翔吾さんが佐賀に書店開業 「たかだか1店舗。でも…」」(2023/12/3)https://www.asahi.com/articles/ASRD35QP9RCRTTHB004.html