研究員がひも解く未来

研究員コラム

第9回 ミッドジャーニーなど画像生成AIを巡る著作権訴訟でクリエーターらの訴えが概ね棄却される

誰でも言葉による指示(プロンプト)で簡単に、クォリティの高い絵画やイラストなどを描くことができる画像生成AI。世界的な人気を誇る一方で、米国では漫画家やイラストレーターらが「自分たちの作品が無断で画像生成AIのトレーニング(機械学習)に使われている」などとして、今年1月、これらのAIを開発・提供する業者らを訴えた。

ところが今年10月末、米カリフォルニア州の連邦地方裁判所でこの集団訴訟が概ね棄却された。一体、どのような理由でクリエーター達の訴訟は(実際の裁判に入る前に)門前払いされたのだろうか?その背景やここまでの経緯も含めて詳しく見てみよう。

誰が誰を訴えたのか

この集団訴訟は今年1月18日、米国の漫画家サラ・アンダーセン、画家・イラストレーターのケリー・マッカーナン、(映画やゲーム等の視覚デザインを担当する)コンセプト・デザイナーのカーラ・オルティスの3氏(いずれも女性)が起こしたもの。

彼女たちは、画像生成AIが米国の伝統的な著作権法と「デジタルミレニアム著作権法(Digital Millenium Copyright Act:DMCA)」に違反して自分達の権利を侵害しているとして、主要な画像生成AIを提供する3つの業者・団体を訴えた。

因みにDMCAとは、米国でインターネットなどデジタル時代の到来に対応して1998年に制定された新しい著作権法だ。DMCAは、米国で1790年に制定された伝統的な著作権法を補完する役割を担っている。

一方、彼女たちに訴えられたのは英Stability AI、米Midjourney、米DevianARTの3業者・団体。

これらのうちStability AIは、世界的な人気を誇る画像生成AI「Stable Diffusion」を開発・提供するスタートアップ企業だ。

またMidjourneryは、同じく世界的な画像生成AI「Midjourney(団体名と製品名が同じ)」を開発・提供する研究所(法的には営利企業として登記されている)。

そしてDevianARTは本来オンラインのアーティスト・コミュニティだが、2022年末に「DreamUP」と呼ばれる画像生成AIを開発・提供して、この分野に参入した。

何が問題なのか

こうした画像生成AIを開発するには、いわゆる「機械学習」と呼ばれるプロセスを経なければならない。これはAIに、大量の絵画、イラスト、漫画など画像データを読み込ませ、それらの内容やスタイルを学習(トレーニング)させるプロセスだ。この学習結果に基づいて、後にAIは(ユーザーからのプロンプトに応じて)様々な画像を生成できるようになるのだ。

Stable DiffusionやMidjourneyなどの画像生成AIは機械学習用のデータとして、ドイツにある非営利の研究団体LAIONが構築した「LAION-5B」と呼ばれる画像データベースを採用している。そこには、主にウェブ上から収集された58憶5000万枚もの画像データが含まれている。

アンダーセン氏ら原告側の訴えによれば、その中には、数多くの絵画やイラスト、漫画、コンセプト・アート(映画製作などに使われるイラスト)などが含まれるが、いずれもこれらの作品を制作したクリエーターの許諾を得ることなく収集されたという。

Stable Diffusionなどの画像生成AIは、これらの画像データを機械学習の教材としてクリエーターに無断で使用している。これらAIが生成する各種画像はオリジナル作品の著作権を侵害すると同時に、アート市場での新たな競合関係を作り出すことによって、アーティスト(つまり人間)を市場から締め出しているという。

つまり映画会社やゲーム・メーカーなどクライアントが、今や無料で使える画像生成AIを使って映画のポスターやゲームのイラストなどを製作してしまうため、従来、これらの仕事を請け負っていたクリエーターの仕事が奪われている、ということだ。

今回の訴訟で原告側は、画像生成AIを開発・提供する業者がクリエーターの作品を機械学習に使うときには事前に合意を得ることや、クリエーターに金銭的な補償を支払うことなどを要求している。

技術的な争点は作品の生成プロセス

技術的な観点からは、この訴訟の主な争点は画像生成AIによる作品の生成プロセスだ。

原告側によれば、画像生成AIが実際にやっていることは学習用データとされる大量の画像を複製して自らのシステムに蓄積・保存し、それらを(ユーザーからのプロンプトに応じて)コラージュ、つまり組み合わせている作業だという。つまり画像生成AIが描き出すイラストや絵画などは、所詮アーティストが描いたオリジナル作品のコピーに過ぎないから、著作権の侵害に当たるということだ。

一方、被告側となる画像生成AIの業者らは原告側の訴えを真っ向から否定している。

これらの業者によれば、(原告側が主張する)「50億枚以上もの膨大な画像データを(Stable DiffusionやMidjourney、DreamUPなど)個々の画像生成AIのシステム自体に蓄積・保存すること」は技術的に不可能であるという。

むしろ画像生成AIが実際にやっていることは、それら大量の画像データを機械学習して「様々なパターン」を導き出すことだという。これらのパターンに従って新たな画像を生成しているので、オリジナル作品のコピーには当たらない。従ってアーティストの著作権は侵害していない、というわけだ。

棄却理由の一つは手続き上の不備

この訴訟について、カリフォルニア州連邦地方裁判所のウィリアム・オリック判事は10月30日(米国時間)、原告側の訴えを概ね棄却する裁定を下した。

まず3名の原告のうち、ケリー・マッカーナンとカーラ・オルティスの両氏については、米国著作権局に自身の作品を登録していなかった事を理由に、彼女たちの訴えを全面的に棄却した。

これについては若干説明が必要だろう。米国でも日本同様、作家が書いた小説や画家が描いた絵画、イラストなどの作品はそれらが創作された時点で自動的に著作権が与えられる。

しかし米国には日本と異なる側面もある。それは著作権侵害が発生した場合に訴訟を起こしたり、賠償金を請求したりするためには、予めその作品を米国の著作権局に登録しておく必要がある、ということだ。今回、マッカーナン氏ら2名はそれを怠っていたが故に、判事から門前払いを食ったということになる。要するに手続き上の不備が理由である。

一方、残り一人となるアンダーセン氏は著作権局に自身の作品(漫画)を登録していたので手続き上の問題はない。彼女の訴えをオリック判事は概ね認めていないものの、完全に棄却したわけではない。むしろ30日間の期限付きで、訴状の内容を修正して訴訟を継続することを認めている。これについて、以下で少し詳しく見ていこう。

MidjourneyはStable Diffusionの技術を基に作られている

オリック判事が下した今回の裁定は、実はかなり複雑な内容となっている。そうなった理由の一つは、そもそも集団訴訟の原告側3名(最終的にはアンダーセン氏1名)の訴状に書かれている内容が複雑であるからだ。

訴状によれば、まず今回訴訟の対象となった3つの画像生成AIのうち、(Midjourneyが提供する)Midjourneyと(DevianARTが提供する)DreamUPの2つは、実は(Stability AIが提供する)Stable Diffusionの技術を基に作られているという。この業界の関係者の間では、以前から、そうした噂が流れていたし、理論的にもそれは可能である。なぜならStable Diffusionはオープンソース・コード、つまり「誰でも自由に利用・改変・再配布できるコンピュータ・プログラム」として公開されているからだ。

ただ、当のMidjourneyやDeviantARTが「自分たちの開発した画像生成AIは、実はStable Diffusionをベースに作られている」と公式に認めたことはない。つまり、あくまで噂の範囲にとどまっていたのだが、今回の訴訟で原告側はその点を前提にした上で自らの主張を展開し、オリック判事もそれを事実として受け入れた上で裁定を下している。

原告側の訴状を事実上書いたのは原告側のマシュー・バタリック弁護士だが、彼は自身がプロのコンピュータ・プログラマーでもあるので、その辺りの業界事情に精通しているのであろう。

この前提に基づき、オリック判事は原告側によるMidjourneyとDreamUPの2つに対する訴えを棄却した。つまり訴訟の対象をStable Diffusion1本に絞り込んだのである。その理由は詳らかにされていないが、常識的に考えて、これら2つの画像生成AIがStable Diffusionをベースに作られているなら、技術的にはStable Diffusionだけを訴訟の対象として分析すれば事足りるからであろう。

オリック判事は今回の裁定で、「50億枚以上もの画像データをStable Diffusionのような画像生成AIのシステム自体に蓄積・保存することは不可能だ」とする被告側の主張に言及した。その上で、原告側(現時点ではアンダーセン氏)が訴訟を今後継続するのであれば、Stable Diffusionが実際に画像データをどう処理しているのか、つまりその内部の仕組みを明らかにして、それを反映した形で訴状を修正する必要がある、と促した。

これと共に、同判事はもう一つ重要な指摘をしている。原告側の訴状によれば、「そもそもStable Diffusionがこれまでに生成した様々な画像の中に、原告側のクリエーター(アンダーセン氏をはじめ3名)が描いた作品と全く同じ、あるいは酷似している画像は存在しない」という。本来、彼女たちはそれを認めたくないはずだが、事実である以上は認めざるを得なかったのだろう。

保守的なシンプルな法解釈に従えばアーティスト側に不利

これに対しオリック判事は「もしもStable Diffusionが出力する画像の中に、アンダーセン氏の作品と十分に類似した画像が見当たらない限り、たとえ今後訴状を修正して訴訟を継続したとしても、原告側の訴えが生き残ると私が確信できる理由はない」と今回の裁定の中で述べている。

つまり、たとえ原告側(アンダーセン氏)が今後Stable Diffusionによる機械学習の内部メカニズムを解明して、本当に50億枚以上の画像データが同システムに保存されていることを証明し、それを訴状に反映して修正したとしても、それは著作権侵害を証明するための必要条件の一つに過ぎない。

もっと重要な事は他にある。つまり「Stable Diffusionの出力する画像がアンダーセン氏の過去の作品と全く同じか、あるいは酷似していない限り、著作権の侵害には当たらない」と同判事は言っているのだ。

今回の裁定は全体的に非常に複雑な内容だが、最も核心的な事柄に関しては保守的でシンプルな法解釈に従っている。つまり「著作権侵害とは、他人の作品を無断で複製・公開・配布したりすることである。それ以上でも、それ以下でもない。画像生成AIにも、その法解釈は適用される」と同判事は言っているのだ。

もちろんアンダーセン氏ら原告側もその点は最初から承知の上で、「それでも画像生成AIのような新しい技術に対しては、従来とは違う法解釈が適用されるべきだ」とする理由から今回の訴訟を起こしたはずだが、今回のオリック判事はそれを認めてくれなかった、ということになる。

Stable Diffusionをはじめとする画像生成AIに対しては、今回のアンダーセン氏ら個人のアーティスト以外にも、報道写真などの画像データを大量に蓄積・提供する「Getty Images」など大手企業も訴訟を起こしている。さらにChatGPTなどテキスト系の生成AIに対しても、同じく著作権侵害などを理由に同様の集団訴訟が提起されている。

仮に判事に代表される法律家が基本的に同じような思考回路を辿るとすれば、今後、これらの訴訟でも同様の裁定が下されることは十分あり得ると言えそうだ。

KDDI総合研究所リサーチフェロー 小林 雅一

◼️関連コラム
第8回 対話型AIがインターネットやパソコンの基本的UIになる時代が到来(2023-10-04)
https://rp.kddi-research.jp/atelier/column/archives/4845

第7回 ChatGPTなどの生成AIは子供たちの教育にどう活用されているか?日本や米国の事例を紹介(2023-8-17)
https://rp.kddi-research.jp/atelier/column/archives/4780

第6回 日本企業のChatGPT利用率は7パーセント、軽率な利用には危険性も(2023-6-21)
https://rp.kddi-research.jp/atelier/column/archives/4683