オンラインのサービスを解約しようとしたところ、解約プロセスが複雑でなかなか解約できなかった、ECで商品が安いと思ったら意図せぬ定期購入の価格だった、気が付かないうちにたくさんのメルマガが届くようになった……
ここで挙げたようなオンライン上で消費者の意思とは異なり、ビジネス側の意向に導くユーザーインターフェース(UI)を、ダーク・パターンと呼ぶ。近年ではそのようなUIに規制をかけようとする傾向が強く、消費者もダーク・パターンを認識し始めている。今後、ダーク・パターンを用いるサービスは、規制の対象となったり、ブランドイメージを棄損するようになったりするかもしれない。事業者として自身が関わっているサービスも、意図しないうちにダーク・パターンに陥ってしまっていないだろうか。今回は、サービス提供者の視点から、ダーク・パターンとその対応策を紹介したい。
ダーク・パターンとは何か?
ダーク・パターンは、2010年にHarry Brignull が、消費者の行動を阻害するUIに対してそのように名付けたことが始まりである[1]。合理的な行動を後押しする仕組みを、行動経済学の分野でナッジと呼ぶことが広く知られてきているが、その反対に合理的な行動を阻害する仕組みをスラッジと呼んでいる。よって、ダーク・パターンは、オンラインサービス上の「悪いスラッジ」[2]といえるだろう。
消費者の行動を阻害する「悪いスラッジ」であるダーク・パターンだが、具体的には何がダーク・パターンにあてはまるのだろうか?代表的なものとして、Mathur et.al(2019)の7つの整理があるので紹介したい(図表1)。
③「誘導」の「恥などの感情に訴えかける選択肢」は、少し言葉ではわかりにくいと思われるので、具体的な例を図表2で示そう。
図表2はセキュリティソフトの販売を想定したもので、上のパターンは極力ニュートラルな表現にしている。一方、下のパターンはそれを視覚的効果と感情に訴えかける選択肢を利用したものにしており、自分自身がセキュリティ対策に興味がないような、社会的に望ましくないと思われる文言に変更している。またその他の「感情に訴えかける」方法として、かわいらしいキャラクターに退会を引き留めさせるといった方法も知られている[3]。
図表1のように、ダーク・パターンは多種多様であり、かつその程度も様々である。オンラインの広告でも、閉じるボタンを見えにくい位置に配置するといった例から、極端なものとしては、広告画面に本物に見える髪の毛などを表示することで、広告を誤ってタップさせるというダーク・パターンも存在している[4]。そこまで極端なものは少ないかもしれないが、ダーク・パターンはいろいろなところで利用されている。
ダーク・パターンは企業イメージを損なう
そもそもダーク・パターンは、消費者からすると不利益でしかない。しかし、実際にはダーク・パターンを用いる企業はそれなりの数が存在していると思われる。企業はなぜダーク・パターンを使うのだろうか?理由としては、ダーク・パターンには人の判断を鈍らせる効果があるとされており[5]、ダーク・パターンを利用することで退会の引き留めやメルマガの購読数を増やすことなどができるためである。
このような状況において、現在、EU[6]やアメリカの一部の州では、ダーク・パターンを規制する方向で進んでおり[7]、インドにおいてもオンライン広告でダーク・パターンの規制が始まっている[8]。日本も例外ではなく、特定商取引法の改正により、契約内容の表示や退会手続きに明快さが求められるようになっている[9]。消費者庁の「詐欺防止月間(Fraud Prevention Month)」においても、2023年のテーマはダーク・パターンとなっている[10]。ダーク・パターンは世界的に取り組むべき課題となっており、今後も対策が進む可能性が高いといえる。
そして何よりも、ダーク・パターンは、企業のブランドイメージや信用を損なうだろう。例えば、SNS上でサービスの退会方法がわかりにくく問題となり、ネットニュースに掲載されるということが定期的に起きている。ダーク・パターンに関する報道も増えてきており、消費者のリテラシーも上がっていくことから、今後、ダーク・パターンを使う企業は、マイナスのイメージとともに認知される可能性が高くなっていくだろう。
そして、そのようなマイナスイメージは、長期的にその企業につきまとう可能性が考えられる。例えば、人間一般の特性として、自分に損害を与える者(裏切者)の情報はよく覚えていること、悪評は広まりやすいということが研究で知られている[11]。具体的な研究例としては、ネガティブなゴシップ、価値中立的な情報、雑学的な知識を与えた場合、人は特にネガティブなゴシップに脳の報酬系が反応し、1週間後の記憶力テストにおいてもネガティブなゴシップをよく記憶していたとされている[12]。ここで示されている結果は、対人間に関する記憶ではあるものの、ダーク・パターンを用いるオンラインサービスもまた強く記憶されるのではないだろうか?そのようにサービスを記憶されると、その悪評は長期にわたってつきまとうことになってしまう。ダーク・パターンを用いることは、短期的には売上やアクセス数など期待する数値を高めるかもしれないが、長期的には害が大きくなると思われる。では、ダーク・パターンにならないようにするには、どうするべきだろうか?
ダーク・パターンに陥らないようにするために
サービス契約数やメルマガの購読数、あるいはサービスからの離脱率の低下といった数字を追うだけでは、ダーク・パターンになる可能性がある。これらの数字も重要かもしれないが、対策としては、同時に消費者の意向に沿っているか、という観点からも指標を取り入れるといった方法がある[13]。
例えば、アカウント開設数だけでなく、実際にそのアカウントがアクティブに利用されているか同時に見るといったことや、メルマガの開封率が上がると、それに伴いメルマガの解除率も上がっていないかを見るといった工夫で、ダーク・パターンを避けることができる可能性が高まる。コミュニケーションツールであるSlackでは、2000回以上メッセージをかわしたグループの数を追っており、実際にSlackがコミュニケーションツールとして利用されているかチェックしているとされている[14]。
その他にも、社内にダーク・パターンに対する監査を行う部署を設置することや、ユーザーからダーク・パターンに該当するUIについて直接意見を募るといった方法が提案されている[15]。いずれにしても、ダーク・パターンを認識したうえで、今までとは別の観点からUIを検討するという方法が1つの解決策になりそうだ。
また、ダーク・パターンがない状態というのはサービスとして通常の状態であるが、さらに消費者に寄り添ったデザインやプロセスの見直しも考えられる。例えば、動画配信サービスのNetflixは、加入後1年間利用がない会員、または2年以上利用していない会員に対して、確認メールに反応がない場合は自動解約するといった取り組みを行っている[16]。そのような休止状態のアカウントは全体の0.5%未満[17]と、インパクトは大きくないかもしれないが、進んだ取り組みであることは間違いないだろう。
おわりに
今回は、ダーク・パターンについて紹介してきたがダーク・パターンは、世界各国で規制が進んでおり、現在日本で規制の対象でない場合も今後規制がかかる可能性が高い。また、規制対象でなくとも、ダーク・パターンを使用していることが、企業イメージを棄損する可能性があり、今後はより一層、消費者にとってわかりやすいデザインが求められていくだろう。ダーク・パターンについて理解するとともに、ダーク・パターンになっていないか見直す機会を作っていくことが重要である。あなたが関わるサービスも、是非一度点検を。
KDDI総合研究所コアリサーチャー 新倉 純樹
参考文献
Alicart, Helena, David Cucurell and Josep Marco-Pallarés(2020)“Gossip information increases reward-related oscillatory activity”, NeuroImage, Vol.210, pp.1 – 9.
Luguri, Jamie and Lior Jacob Strahilevitz(2021)“Shining a Light on Dark Patterns”, JOURNAL of LEGAL ANALYSIS, Vol.13, pp.43 – 109.
Mathur, Arunesh, Gunes Acar, Elena Lucherini, Jonathan Mayer, Marshini Chetty and Arvind Narayanan(2019)“Dark Patterns at Scale: Findings from a Crawl of 11K Shopping Websites”, Proceedings of the ACM on Human-Computer Interaction, Vol.3, CSCWArticle, pp.1 – 32.
Nimwegen, Christof van, Kristi Bergman and Almila Akdag(2022)“Shedding light on assessing Dark Patterns: Introducing the System Darkness Scale (SDS)”, 35th International BCS Human-Computer Interaction Conference.
Sunstein, Cass R.(2021)“SLUDGE What Stops Us from Getting Things Done and What to Do about It”, The MIT Press.(=土方美奈訳(2023)『スラッジ 不合理をもたらすぬかるみ』, 早川書房.)
小田亮(2020)「なぜ人は助け合うのか ―利他性の進化的基盤と現在―」『Japanese Psychological Review』, Vol.63, pp.308 – 323.
加納克利(2023)「デジタル化と消費者政策(いわゆる「ダーク・パターン」)に関する研究のサーベイ」『ESRI Research Note』, No.79, pp.1 – 30.
仲野佑希(2022)『ザ・ダークパターン ユーザーの心や行動をあざむくデザイン』翔泳社.
松澤登(2022)「2022年改正特定商取引法の施行 ダークパターン等への対応」『ニッセイ基礎研レポート』, 2022-4-01, pp.1 – 9.
[1] Brignullが運営するホームページでは、現在、誤った連想や有害な固定観念を避けるため、Deceptive patternsと呼ぶと述べられている(URL: https://www.deceptive.design/about-us、2023年12月1日アクセス)。一般的に、日本語では肌の色を表す表現として「ダーク」という言葉が用いられないこと、またダーク・パターンという言葉で概念が浸透し始めていることからこのコラムでは差し当たりダーク・パターンという表現を用いるが、肌の色を表す表現と、ネガティブな表現を重ねる用語には留意が必要である。
[2] 良い行動を後押しする仕組みをナッジ、悪い行動を後押しする仕組みをスラッジと整理する場合もあるが、Sunstein(2021)ではスラッジにメリットがある場合も述べられているため、ここでは必ずしもスラッジそのものを悪い仕組みとして定義していない。そこで、ダーク・パターンのような消費者の意に添わぬ行動を促すスラッジを、「悪いスラッジ」と呼ぶ。
[3] DarkPatternsサイトの事例(URL:https://darkpatterns.jp/blog/confirmshaming/、2023年12月5日アクセス)では、デフォルメされた有名キャラクターが退会を引き留める例が紹介されている。
[4] Nimwegen et.al (2022)。
[5] Luguri(2021)。
[6] EU(2023)”Consumer protection: manipulative online practices found on 148 out of 399 online shops screened” https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_23_418(2023年12月1日アクセス)。
[7] EUなど諸外国における規制の詳細は加納(2023)を参照されたい。
[8] Luthra, Advait and Ananya Mishra(2023年8月29日) “India: ASCI Guidelines On Dark Patterns And The Way Forward” Mondaq, URL:https://www.mondaq.com/india/doddfrank-consumer-protection-act/1358384/asci-guidelines-on-dark-patterns-and-the-way-forward(2023年12月1日アクセス)。
[9] 松澤(2022)。
[10] 消費者庁「ICPEN詐欺防止月間(2023年)」URL:https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_research/international_affairs/icpen_2023/(2023年12月1日アクセス)。
[11] 小田(2020)。
[12] Alicart et al. (2020)。
[13] 仲野(2022)、川崎(2023)。
[14] 仲野(2022)。
[15] OECD(2022)「OECD ダーク・コマーシャル・パターン」OECD Digital Economy Papers, No. 336。
[16] 朝日新聞デジタル「ネトフリ、休眠会員に契約を確認→反応なければ自動解約」(2020年5月22日)URL: https://www.asahi.com/articles/ASN5Q5SF8N5QUCVL012.html(2023年12月1日アクセス)。
[17] 同上。