2020年3月にWHO(世界保健機関)が新型コロナ・ウィルス(Covid-19)のパンデミック(感染爆発)を宣言してから、早くも約4年が経過した。その間に私達の働き方は大きく様変わりし、今も変化の最中にある。
国土交通省の調査によれば、リモートワーク(主に在宅勤務)経験者の8割以上がコロナ感染の終息後も(ある程度まで)その継続を望んでいる[1]。
また「日本の人事部」の調査によれば、新型コロナの5類変更以降に「(オフィスとリモートを併用する)ハイブリッド・ワークに移行予定」の企業は全体の8割を超えるという[2]。
一方(世界四大会計事務所の一つ)EYの調査によれば、米国や英国など世界20カ国の企業等で働く従業員の52パーセントはハイブリッド・ワークに従事しており、その半数が週に1、2日はリモートで働いているという[3]。
これらの調査結果から見て、ポスト・コロナの「ハイブリッド・ワーク」は日米をはじめ先進諸国の「標準的な働き方(norm)」となりつつあるようだ。
デジタル・コミュニケーションの弊害とは
ただ、リモートやハイブリッド・ワークにはそれなりの問題も指摘されている。中でも深刻なのは、いわゆる「ズーム疲れ(Zoom fatigue)」に代表される過度なデジタル・コミュニケーションの弊害である。
米マイクロソフトの調査によれば、最近、企業などで働く従業員が仕事で費やす時間の約6割は「Eメール」「チャット」「ビデオ会議システム」などのコミュニケーション・ツールが占めており、逆に「ワード」や「エクセル」、「パワーポイント」などのコンテンツ作成用ソフトの利用に費やされる時間は残り4割に過ぎない。
つまり新型コロナ・パンデミックを契機にリモートワークが増えたため、部署内のチームワークを実現するためには、ビデオ会議等のコミュニケーション・ツールに頼らざるを得なくなった。それに伴い、各種の文書や資料の作成など個人的な業務のために使うソフトの利用時間は逆に削られてしまったというわけだ。
このような傾向はコロナ感染がひとまず収束、あるいは5類に変更されて以降もハイブリッド・ワークで続いている。こうした就労形態では、各々の従業員は自らの都合に応じてオフィスと在宅を選べるという点で一見自由度が高いように見えるが、実際には地理的に離れた場所で働く従業員の意思疎通や連携を図るために、結局ビデオ会議やチャット、メールを始めとしたコミュニケーション・ツールに拘束されてしまうのである。
マイクロソフトの調査によれば、企業による、こうしたコミュニケーション・ツールへの過度の依存は従業員の間で評判が良くないという。調査対象者の約7割が「コミュニケーションによる中断のせいで、自分自身の業務に集中できない」と回答した。
つまり就労時間中に専門的な文献を読んで調査・熟考したり、何らかの業務報告書を書いたりと集中して仕事に取り組みたいときに、ひっきりなしに舞い込むメールやチャット、ビデオ会議などで邪魔されるケースが多くなったということだ。
折角、腰を据えてレポートなどを書き始めたときに、外部からの不可抗力で掻き乱された集中力は取り戻すのが難しい。これが結局、ズーム疲れに代表される従業員の不満として燻っているようだ。
個人的に集中するための時間に生成AIを使う
以上のような「ポスト・コロナ」のハイブリッド・ワークと並行して、それとは別種のハイブリッド化も私達の業務にじわじわと浸透し始めている。それは「人間」と「AI(人工知能)」による共同作業だ。
改めて言うまでもないが、2022年11月にChatGPTがリリースされて以降、これに代表される生成AIを日常業務に導入する企業が増加している。
こうした中、米国のピュー・リサーチセンターが昨年発表したアンケート調査結果によれば、ChatGPT利用者の38パーセントが「(ChatGPTは)極めて、あるいは、とても仕事に役立つ(extremely or very useful)」、同39パーセントが「ある程度役立つ(somewhat useful)」と回答したという[4]。
つまりオフィス・ワーカーをはじめ米国の労働者は、ChatGPT(のような生成AI)の業務への導入を概ね肯定的に捉えている、と見ることができるだろう。そして、この背景には、それ以前から始まっていたハイブリッド・ワーク、つまり「オフィスとリモートワークの併用」があるようだ。
前述のように、米国の労働者も新型コロナ・パンデミック以降のリモートやハイブリッド・ワークの普及に伴い、ZoomやSlackに代表されるデジタル・コミュニケーションに依存するようになった半面、それに仕事を邪魔されるケースも多くなった。
こうした労働者の多くが、今や集中力を要する個人的な作業にChatGPTなど生成AIを活用し始めているのだ。それは業務レポートやプレゼン資料など各種ドキュメントの作成に加え、仕事に必要なブレイン・ストーミングや何らかのアイディア出し等にも重宝されている。本来そうした作業は一人でやるよりも、皆でアイディアを出したり意見を述べ合う方が効果的だ。
生成AIが登場する以前なら、部署内の従業員全員が会議室などに集まって行っていたブレイン・ストーミングやアイディア出しも、今ではChatGPT等を相手に個々の従業員が単独で行えるようになった。こうすればZoomやTeamsなどビデオ会議に各人の予定を合わせたり、人間の同僚を相手に顔色を窺ったり、慎重に言葉を選んだりといった余計な気を遣う必要もない。その分、アイディア出しやそれらの批判、評価などの作業に集中できることになる。
つまり新型コロナ以降のリモートやハイブリッド・ワークによってデジタル・コミュニケーションに多大な時間が奪われる中、残された貴重な可処分時間に集中して個人的な仕事に取り組むことができる ―― 主にこのような理由から、ChatGPTなど生成AIが米国の労働者から支持されているようだ。
しかし長い目で見れば、これはほんの一例、あるいは始まりに過ぎないだろう。一般に頭脳労働の成否は、コミュニケーションと集中のバランスをどうとるかにかかっている。正確な情報や意見、批判などを広範囲に入手すると共に、外界に気を取られることなく熟考できる環境も不可欠だ。
そうした点から見て、恐らく今後10年は「オフィスとリモート」そして「人間とAI」というダブル・ハイブリッド化に同時並行的に取り組み成功した企業が、各種業務の生産性とクォリティを高めて、同業他社への競争優位性を確保していくことになりそうだ。
KDDI総合研究所リサーチフェロー 小林 雅一
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参考文献
[1] https://www.mlit.go.jp/report/press/toshi03_hh_000072.html
[2] https://jinjibu.jp/article/detl/hakusho/3214/
[3] https://www.ey.com/en_ie/news/2023/07/hybrid-work-becomes-embedded-public-transport-usage-increases-as-workers-embrace-flexibility
[4] https://www.pewresearch.org/short-reads/2023/05/24/a-majority-of-americans-have-heard-of-chatgpt-but-few-have-tried-it-themselves/