レコードがミュージシャンの新たな収入源に〜サブスク全盛時代のアナログな稼ぎ方

サブスク全盛の時代にレコードが伸びている

アナログレコードが売れている。日本レコード協会によると2023年のレコード生産量は270万枚で、3年前の2.5倍に増えた[1]。小売店もこの流れを受け、レコード事業を拡充している。タワーレコード渋谷店は2024年2月の店舗リニューアルにともない、レコード販売を強化する。レコード専門フロアの面積を2倍にし、在庫はこれまでの7万枚から、10万枚超(新品6万枚、中古4万枚以上)になる[2]

レコードが売れているのはもちろん日本だけの現象ではない、米国でも、2020年には売上で、2022年には販売枚数で、レコードがCDを超えた[3]。英国でも、16年連続でレコードの売上が伸びており、2023年には売上枚数が590万枚に達した[4]

図表1 米国では2020年にレコードの売上がCDのそれを上回った
出所:米RIAA

もちろん、音楽フォーマット別で見ればサブスク・ストリーミングの方がはるかに規模大きい。しかし、このサブスク全盛の時代に、各国でレコードが伸びているのも事実だ。

図表2 米国における音楽フォーマット別売上(2022年)
出所:米RIAA

ユーザーが求めているのは「サブスクにはない体験価値」

なぜレコードが伸びているのか?その理由を「コロナ」とする見方もある。2020年以降、ライブが軒並み中止となり、浮いたライブチケット代をレコード購入につぎ込んだ人が多かったから、という見解だ[5]。確かにそれもあるだろうが、売上推移(図表1)を見ると、コロナ以前からレコードの売上は右肩上がりだ。

レコードの伸びは、サブスク普及にともなって発生する、サブスクにはない「体験価値」への欲求の現れではないかと考える。「機能」と「情緒」でいうなら、サブスクが提供するのは機能寄りの価値で、レコードは情緒寄りの価値だ。

サブスクには、数タップであらゆる楽曲にアクセスできるという圧倒的な利便性(機能的価値)がある。しかしその反面、味気ない。個人的には、音楽を右から左に消費している感覚がある(ミュージシャンに対して申し訳ないという気持ちがよぎることもある)。

一方、レコードの音楽体験には、情緒的でより重層的な体験価値がある。例えば、レコードを通した音楽体験として考えられるのは以下のようなものだ。

・レコードをショップで買う
・ショップの大きな袋でレコードを持ち帰る
・ターンテーブルにのせる、針をおく
・プチプチという音
・回転するレコードの様子
・大きなジャケット(部屋に飾れる)
・スリーブの解説や写真など、手触り感
・レコードを所有している感覚

曲を聴くことだけではなく、これら一連の行為が音楽体験となる。どれもサブスクにはない。サブスク普及にともなって、サブスクにはないこれらの価値に人々が感応するようになった、ということではないだろうか。

レコード再燃のけん引役は(やっぱり)若い人たち

英HMVによれば、2023年のクリスマスシーズンに販売されたレコードプレーヤーの大部分は、Z世代による購入、もしくはZ世代へのプレゼントとしての購入であった。レコードの購入においてもやはり若い世代が中心になっており、レコードを買うことで好きなミュージシャンを応援したいという気持ちもあるようだ[6]。応援によってファンが喜びを得る、これも情緒的な価値だろう。

なお、レコードプレーヤーを持っていなくてもレコードを買う人も多いという。米国で2022年にレコードを買った人の半数はプレーヤーを持っていない[7]。これも、楽曲を聴くこと以外の情緒的な体験価値を求めてのことではないか。

図表3 レコードショップを訪れる若者たち
出所:Adobe Stock

レコードビジネスに注力するミュージシャンたち

こうした背景もあり、ミュージシャンが新譜発表の際にレコードをリリースすることはもはや珍しくない。そして、単なるレコードリリースにとどまらないミュージシャンもいる。

米ヘビーメタルバンドの「メタリカ」は2023年3月に米国最大のレコード製造工場を買収した[8]。今市場では、レコード需要が伸びている一方で、供給(製造)が追いついていない[9]。メタリカの工場買収は、このサプライチェーン問題の緩和が目的と言われている。価値あるものを安定的に供給させようということだ。なお、メタリカ自身もレコードのリリースには積極的で、2021年には33.7万枚、2022年には38.7万枚のアルバムレコードを売った。これからは、工場の生産量を増やし需要に応えていくことで、他のアーティストのレコード製造でも稼いでいくだろう。

図表4 工場オーナーとなったメタリカ
出所:Wikimedia Commons

2011年に解散した米ロックデュオ「ホワイト・ストライプス」の元メンバー、ジャック・ホワイトは、レコードレーベルを主宰するとともにレコードショップを運営している。2001年と2009年に、米国のデトロイトとナッシュビルでレコードショップ「Third Man Records」をオープン。レコードをメインに扱うショップに加え、スタジオやラウンジも備える。そして、レコード市場の盛り上りを追い風に、2021年9月に英ロンドン店をオープンした[10]。また、デトロイトでは2017年に、レコード製造工場「Third Man Pressing」も立ち上げている(ロックスター兼工場オーナーはトレンドかもしれない)。こちらも本気だ。

図表5 レコードショップも運営するジャック・ホワイト
出所:Wikimedia Commons

レコードに積極的なのは大御所ミュージシャンだけではない。ロンドンを拠点に活動する若手シンガーソングライターのロクサーン・デ・バスティオンは、ライブ後に自らレコードをファンに販売する。彼女の年間音楽セールスの約半分はライブでのレコード販売によるものだ[11]。レコード売上を伸ばしながら、ファンとのつながりを強めている。なお、「レコード手売り」と聞くと、ストリートミュージシャンやアマチュアミュージシャンを連想してしまうが、彼女のセカンドアルバム「You & Me, We are the Same(2021)」は、90年代のブリットポップムーブメントで人気を博したバンド「スウェード」のギタリストであるバーナード・バトラーがプロデュースをしている。実力派シンガーソングライターだ。

図表6 シンガーソングライターのロクサーン・デ・バスティオン
出所:roxannedebastion.com

デジタルで取りこぼした価値をアナログで取りに行く

レコードには、サブスクにはない体験価値がある、だから伸びており、ミュージシャンもレコードビジネスに積極的になっているのではないか、という話をしてきた。

情緒的価値がともなうなら、ミュージシャンとファンのエンゲージメントを高める作用も期待できる。ファンが経験する、レコードにまつわる音楽体験や、応援を通じて得る喜びは、ミュージシャンとのつながりを強固にしてくれそうだ。そうなればミュージシャンにとってはレコードの単発売上以上のメリットだろう。

デジタル化はある部分で体験価値をそぎ落としている可能性がある。そこをアナログでもう一度取りに行く。デジタルの弱いところを補完する。他のデジタルサービスでも大事かもしれない。

KDDI総合研究所コアリサーチャー 沖賢太郎

◼️関連コラム
サブスクトレンド2023番外編 〜サブスクの卒業問題を考える(2023-1-22)
https://rp.kddi-research.jp/atelier/column/archives/5004

サブスクトレンド2023番外編 〜実店舗を伴うサブスクの共通課題(2023-1-11)
https://rp.kddi-research.jp/atelier/column/archives/4966

サブスクトレンド2023 ~中国の「悦己消費」ムーブメント、自分の喜びのためのサブスクサービス(2023-11-01)
https://rp.kddi-research.jp/atelier/column/archives/4903

◼️参考文献
[1] 一般社団法人日本レコード協会「2023年音楽ソフト年間生産実績公表~2年連続増加」(2024.01.26)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000530.000010908.html

[2] IT media 「タワレコ渋谷、レコード強化 フロア2倍に カセットも増強」(2024.01.30)
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2401/30/news148.html

[3] 米The Recording Industry Association of America「U.S. MUSIC REVENUE DATABASE」
https://www.riaa.com/u-s-sales-database/

[4] 英British Phonographic Industry「UK vinyl LP sales increase for a 16th consecutive year as the physical music market enjoys a strong 12 months」(2023.12.28)
https://www.bpi.co.uk/news-analysis/uk-vinyl-lp-sales-increase-for-a-16th-consecutive-year-as-the-physical-music-market-enjoys-a-strong-12-months

[5] 英The Guardian「UK vinyl spending on track to overtake CDs for first time since 1987」(2021.03.23)
https://www.theguardian.com/music/2021/mar/23/uk-vinyl-spending-on-track-to-overtake-cds-for-first-time-since-1987

[6] 英Daily Mail「The return of vinyl… and CDs! How Gen Z fans suffering from ‘streaming fatigue’ are driving Britain’s return to physical music to support their favourites after 6 million records were sold in 2023 – the most in 33 years」(2023.12.29)
https://www.dailymail.co.uk/news/article-12906845/return-vinyl-cds-gen-z-fans-streaming-fatigue-physical-music.html

[7] 日経新聞「聴けなくてもレコード買いたい Z世代の所有欲」(2023.02.12)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN284E00Y3A120C2000000/

[8] 英The Guardian「Metallica buy vinyl factory as format outsells CDs for first time in US since 1987」(2023.03.14)
https://www.theguardian.com/music/2023/mar/14/metallica-buy-vinyl-factory-thrash-metallers-format

[9] GRAMMY AWARDS「The Vinyl Shortage, Explained: How Long Waits, Costly Materials & High Demand Are Changing What’s On Your Turntable」(2022.7.7)
https://www.grammy.com/news/the-vinyl-shortage-explainer-how-long-waits-expensive-materials-high-demand-are-affecting-the-industry

[10] Third Man Records「JACK WHITE AND THIRD MAN RECORDS ANNOUNCE THE OPENING OF LONDON STORE, VENUE AND EUROPEAN HQ」(2021.08.10)
https://thirdmanrecords.com/blogs/news/jack-white-and-third-man-records-announce-the-opening-of-london-store-venue-and-european-hq

[11] 英The Guardian「Rise in vinyl sales at concerts gives indie artists a vital lifeline」(2024.02.14)
https://www.theguardian.com/music/2024/jan/28/rise-in-vinyl-sales-at-concerts-gives-indie-artists-a-vital-lifeline