研究員がひも解く未来

研究員コラム

サブスクトレンド2023
~中国の「悦己消費」ムーブメント、自分の喜びのためのサブスクサービス

中国で勢いを増す「悦己消費」

2010年頃、村上春樹の小説で生まれた「小確幸」という造語が一時的に中国の若者の間で流行語となった。特に都市部の若者たちは、村上の小説を通じて自分たちの日常生活で、小さいながらも確かな「幸せ」を見つけることに価値を見出した。そしてコロナ禍の中で、人々は自分の生活を充実させ、日常生活の中から「愉悦(喜び)」を得ることの重要性を再認識するようになった。自分の喜びのために、物を買ったり、サービスを利用したりする傾向が見られるようになって、2023年には「悦己(えっき)」がトレンドワードとなり、自分自身を喜ばせることを指す言葉として中国で広がっている。中国のインターネット通販サービスでアリババに次ぐ2位のJDドットコムのデータによると、2018年から2020年にかけて、JDユーザーの「悦己消費」金額が総消費支出の55%を超えていた。2023年にデロイトトーマツが発表した「2023中国消費者洞察と市場展望白書」によると、今後も「悦己消費」は増加し続けると予測されている。今回のコラムでは、「悦己消費」トレンドの中での人気サブスクサービスについて紹介する。

家でも職場でもお花のある毎日を、参入が相次ぐ「お花サブスク」

中国ではお花のサブスクが活況だ。最初にこの領域に参入したプレイヤーは、2015年設立の「花加Flowerplus」である。「オンライン申し込み+産地直送+花のアレンジメントサービス」をビジネスモデルとして採用している。「花加」のユーザーは、93.7%が女性だ[1]。サブスクプランには、「家に届くプラン」と「職場に届くプラン」がある。「家に届くプラン」は、月額99元~1,699元(約1,935円~約33,210円)で毎月様々な種類の花が届く。「職場に届くプラン」には、オフィステーブルに合うお花のプランが79元(約1,500円)で、観葉植物(造花)プランが39元(約780円)で提供されている。職場に届くお花は、それぞれ縁起が良いメッセージがついてくる。例えば月曜日に届くお花には、「一周順利(今週のお仕事が順調に進みますように)」というメッセージが、水曜日は「陪你追夢(一緒に夢を追いましょう)」、金曜日は「対自己好一点(自分に優しくね)」といった具合だ。お花で自分を励ますことで、仕事が忙しいときでも心が穏やかになる。また、何が送られてくるかわからない毎週のサプライズ感によって、さらに喜びや幸せを感じる。

一方で、ユーザーの「愉悦」を自社で取り込もうと、生花業界は活況を通り越して競争が過熱ぎみになっている。様々なプレイヤーが「花加Flowerplus」を猛追する。「花点時間」は月額99元~169元(約1,935円~約3,400円)で格安のお花のサブスクを提供し、「RoseOnly」と「野獣派」はバラをメインとした500元(約10,000円)以上のフラワーアレンジメントのサブスクを提供している。また、花の生産者によるTikTokのライブコマースや中国版インスタグラムと呼ばれるREDを通じた直販も増えている。さらに、アリババ傘下の生鮮ECプラットフォームでもお花の販売は増えている。

図表1 「花点時間」が提供している月額99元~169元(約1935円~約3400円)のお花のサブスク。
出典:「花点時間」ホームページ

トップランナーの「花加Flowerplus」もこのあおりを受けた。同社は、2022年に800万ユーザーと約15億円の売上高を達成し[2]、順調に見えたが、このコラムを執筆中の2023年9月25日、資金不足を理由に、サービスの一時中止を公表した。現存ユーザーへの返金を行い、新規受付を停止している。

図表2 中国ライフスタイル系SNSの「小紅書RED」で、バナナやザクロ、ヤマモモなど予想外の果物が職場の人気のある植物になっている。REDを通じて、これらの「オフィスフルーツ」が生産地から直接購入できる。出典:36氪

2023年のデータによると、中国国内の生花取引量[3]は前年比で40%増加し、「悦己消費」の広がりとともに競争熱が止まない花サブスク。今後も新たなビジネスモデルが生まれるかもしれない。

ペットは大事な家族、ダンボール好きな猫ちゃん向けサブスク「魔力猫盒Mollybox」

箱があれば入る。これは猫の習性である。自分の愛猫のためにダンボールをとっておく人も多い。『2022年中国ペット産業白書』によると、中国の都市部で飼育されていたペットのうち、もっとも多かったのは猫で、全体の6割を占めた[4]。箱好きな猫をターゲットにして、2017年「魔力猫盒Mollybox」というサブスクサービスが始まった。

毎月届くのは、飼い主が選んだキャットフードと、様々な猫用グッズだ(おもちゃ、爪とぎ、おやつ、缶詰など)。プランは3か月、6か月、12か月のラインナップ(月額99元~300元(約2,000円~6,000円))であり、いずれのプランでも、猫が遊ぶことを前提に特別にデザインされた箱に商品が入って届く。デザインは他社とコラボするくらいの熱の入りようだ。「MollyBox」があれば、猫の毎月のお世話に必要な物が揃うことができるとあって、2020年時点で32万ユーザーを獲得している。特に18-30歳の都市部の女性ユーザーが多い。また、月間平均売上は約500万元(約1億円)に達している。箱を満喫している愛猫を見ると、飼い主も癒されうれしくなることだろう。

図表3 「夏目友人帳」の劇場版が2019年中国で上映される際、「MollyBox」がニャンコ先生の限定箱を発売した。
出典:「MollyBox」ホームページ

現在、「魔力猫盒 MollyBox」は販路を拡大しており、自社サイトでのサブスク以外に、Taobao、JD、REDを通じてブラインドボックス[5]、キャットフード、猫用品も販売している。季節や祝日に合わせた特別なボックスの販売もしている。2022年7月の資金調達を経て、今後は、毎月18時間の猫の健康状態カウンセリングの導入を検討している。将来的には、ワンストップの猫の飼育サービスを提供することを目指す。

「悦己消費」によるあと押しもあり、ペット産業市場は近年拡大しつづけている。2023年ペット産業の規模は4,456億元(約9兆2,664億円)、2025年には8,114億元(約16兆8,620億円)まで拡大する見込みだという[6]。中国でも晩婚化が進んでおり、ペットの世話をすることは、ワークライフバランスの重要な一部となっている。ペットを飼う人の増加に伴い、今後もペット関連のサブスクサービスなどが継続的に成長することが予想されている。

自分と家族の健康と喜びのための在宅フィットネスサブスク、AI搭載フィットネスミラー「FITURE魔鏡」

自分の健康のためにお金を使うことも「悦己消費」のトレンドの重要な一部だ。「FITURE」は、2019年設立のスタートアップであり、AI搭載のハードウェア販売とコンテンツを組み合わせたフィットネスサービスのサブスクを提供している。

「FITURE 魔鏡」はAIカメラとモーションアルゴリズムエンジンに基づく認識システムを搭載したミラーであり、ユーザーは4Kスクリーンを通じてAIパーソナルトレーナーからの運動指導を受けることができる。初期のモデルは7,500元(約146,603円)で販売され、現在は4,099元~9,799 元(約83,000円~約199,999円))の5種類のAIミラーを提供している。2023年には、「FITURE3 Plus」モデル(約120,000円)が、世界三大デザイン賞の一つであるレッド・ドット・デザイン賞を受賞した[7]

フィットネスコンテンツのサブスクに関しては、年額1,000元~2,000元(約19,547円~40,000円)だ。在宅している隙間の20、30分を利用して筋力、ボクシング、ヨガ、有酸素運動、ピラティス、HIIT(高強度インターバルトレーニング)、ストレッチなど様々な運動が可能である。

図表4 FITUREフィットネスミラーのセールスポイントの一つは、AIを通じて運動指導を受けることができる点にある。出典:FITUREホームページ

2022年アリババの年間ショッピングイベントダブルイレブン[8]の売上データによると、「FITURE」のSlimモデルは、アリババ傘下の「Tmall(Tモール)」[9]スポーツ用品売上ランキングの10位となった。

「FITURE」は現在、アメリカでも事業を展開しており[10]、将来的にはAIミラー、モバイル、オフラインのフィットネスセンター、そしてフィットネスコンテンツのサブスクを融合するサービスを提供することを目指している。

「悦己消費」ムーブメントの中、多様化し続ける中国の消費者行動

消費者は、自身のウェルビーイングの重要性に気付いており、物質的なゆたかさにとどまらず、満足感や幸福感を追求しながら買い物、サブスクサービスを利用している。今回のコラムで紹介した、お花やペット、フィットネス分野の事例が「悦己」のトレンドに合致していることは、これらのサブスクが人気を集める要因の一つであると考えられる。自分を喜ばせる雰囲気を作れるグッズや、自分の健康や精神状態をアップできるヘルスケアのサブスクサービスは、「悦己消費」ムーブメントの中の消費者のニーズを満たせるため、今後も、人気を集めるだろう。

KDDI総合研究所コアリサーチャー チョウ テンテン

◼️関連レポート
サブスクトレンド2023 ~親にも子どもにも両方良しの子育てサブスク~(2023-10-23)
https://rp.kddi-research.jp/atelier/column/archives/4869

サブスクトレンド2023 〜超レッドオーシャンでの加入者促進策〜NETFLIXの施策は「順番」に意味がある(2023-09-29)
https://rp.kddi-research.jp/atelier/column/archives/4832

サブスクトレンド2023 〜「所有しない」価値観だけではない、家具家電サブスクを押し広げるもう1つの理由(2023-09-22)
https://rp.kddi-research.jp/atelier/column/archives/4808

◼️参考文献
[1] Yiouシンクタンクレポート https://cj.sina.com.cn/articles/view/2540408364/976b8e2c01900if5n

[2] 花加停业,鲜花电商失去的8年 https://www.sohu.com/a/724099357_650513

[3] iMedia 『2022‐2023年中国鮮花電商市場発展研究報告』https://www.iimedia.cn/c1020/91675.html

[4] 《中国ペット産業白書》の解析https://36kr.com/p/2155618644196871   

[5] ブラインドボックス:日本のガチャガチャと同じ、箱を開けるまで中にどんな猫用品が入っているのか分からないのが特徴である。

[6] 同4

[7] Red Dot Design Award: FITURE 3 Plus (red-dot.org)

[8] 毎年11月11日に開催される、中国における年間最大のECショッピングイベントだ。

[9] 「天猫(Tmall)」はブランドや大企業のみ出店可能なECサイトである。クォリティーを求める中国の消費者が「Tmall」を利用する。

[10] アメリカで販売されているAIミラーの販売価格は1495ドル(約220,000円)、月額39ドル(約5800円)でフィットネスコンテンツのサブスクが購読できる。

◼️参考資料
西部証券、2021年5月7日『疫后消费市场加速复苏,“悦己”消费动力澎湃』

Deloitte中華区、2023年3月14日、『2023中国消费者洞察 与市场展望白皮书』
https://www2.deloitte.com/cn/zh/pages/consumer-business/articles/consumer-insight-2023.html

艾媒咨询、2022年6月7日『2022-2023年中国鲜花电商市场发展研究报告』https://www.iimedia.cn/c400/85959.html 

36氪、2023年3月3日、 『解读《中国宠物行业白皮书——2022年中国宠物消费报告》』、https://36kr.com/p/2155618644196871