研究員がひも解く未来

研究員コラム

店舗?倉庫?欧州で進むクイックコマース規制の現在地

「できるだけ労力を節約したいと云う願望から出て来る種々の発明とか器械力」は開化につながる1つの力だが、「開化が進めば進むほど競争がますます劇(はげ)しくなって生活はいよいよ困難になるような気がする」と述べたのは夏目漱石である[1]。現代もまさにより便利に、より速くしようとした結果、生活が困難になることがある。

コロナ禍では、欧州でもオンラインショッピングが広く利用されたが、そのオンラインショッピングの一つにクイックコマースと呼ばれるものがある。クイックコマースとは、注文から即時で商品が配達されるサービスであり、速いものでは注文から10分以内の配達をうたうサービスもある。このクイックコマースについてもコロナ禍で事業が急拡大し、欧州でも話題になった。例えばドイツのGorillasは2020年5月に設立後、1年以内にユニコーン企業となり主要な欧州の国でサービスを展開した[2]。2020年以降、複数のクイックコマース事業者が競争を繰り広げていたが、現在、そのような勢いは感じられない。理由として、1回あたり配達の収益が低いことで事業の採算性が悪いことなどが挙げられるが、採算性の問題以外にも欧州ではクイックコマース事業者に対する規制も行われている。どのような問題あり、どのような規制が行われているかみていこう。

クイックコマースが引き起こした摩擦

欧州のいくつかの主要都市で、クイックコマースの規制が行われているが、なぜだろうか?これは、事業者が配達時間を短くするために、住宅地にダークストア(およびダークキッチン)を増加させたことに起因している。ダークストアとは配達拠点として利用する店舗のことだが、実際には配達のために利用されるだけで消費者が入店して買い物をすることはないため、ダークストアと呼ばれる[3]。このダークストアが居住区域に増加することによって、居住者との摩擦が生じているのである。例えば、生活道路に配達の自転車やバイクが増え通行を妨げる、深夜の配達に伴う騒音、配送の大型トラックが道をふさぐ、配達員が深夜に外で休憩することで住民に不安を与える、といったことが挙げられる。さらにオランダのアムステルダムでは、ダークストアの従業員と住民が、つかみあいの喧嘩になっていることなどが報道されている[4]

規制されるクイックコマース

このような問題に対処するために、各都市でダークストアに対する規制が進んでいる。アムステルダムでは、22年にダークストアやダークキッチンの営業を工業地区のみに制限し、居住区にダークストアを増設することを禁じた。オランダでは、アムステルダムに続いて、ロッテルダムで施設の新設を1年間許可しない方針を示し、さらにデン・ハーグやフローニンゲン、アーネム、アムステルフェーンも、特定の地域でのダークストアの開設を禁止することとなった[5]。さらに、このような動きはオランダ以外にも波及している。スペインのバルセロナでは、市議会が23年1月に市内にあるすべてのダークストアおよびダークキッチンの営業を禁止する法案を可決している[6]。フランスでも、クイックコマースが引き起こす騒音などの問題に対して、市長が既存の警察権限で取り締まることができるとされた。加えてパリでは、ダークストアを倉庫と定義し、未認可のダークストアへの改造工事を見つけた場合、市民が通報できるシステムを構築した[7]。さらに2023年3月に国務院は、倉庫の設置不可エリアの既存のダークストア9店舗を倉庫と判断し、事業者にダークストアを閉鎖することを命じている[8]

以上のような規制により、クイックコマース事業者は逆風にさらされることになる。その結果、一時の勢いはなくなり、撤退がはじまっている。2023年6月、Flinkのフランス子会社は、パリ商事裁判所に会社更生法の適用を申請した[9]。サービスはフランス、ドイツ、オランダで継続しているものの、先行きは見通しにくい状況といえるだろう。さらに、欧州のクイックコマース事業者の代表格ともいえるGorillasは、トルコのスタートアップ企業Getirに買収された。その後も2023年7月にはスペイン、イタリア、ポルトガルから撤退し2024年には英国を含む欧州すべての国から撤退、トルコでの事業に集中するとした[10]

図表1 欧州のクイックコマース事業社の推移
(出典)WIRED「欧州で加速する「超スピード配達」の再編と、シェアを急拡大するGetirの勝算」(2023年2月3日)より引用
右図以降、2024年にGetirは欧州全土より撤退している

持続可能に向けての模索

エリアの制限が敷かれた地区では、既存ストアの閉鎖が進み、残るダークストアからの配達がより集中するため、さらに地域住民との問題が大きくなる可能性も考えられる。これに対して、ダークストアを置かずに既存のコンビニやスーパーマーケットを活用しようという動きがある。

Uber Eatsは、2024年の6月から‘courier pick and pack’というサービスを開始した。このサービスは、スーパーマーケットの商品のピックアップから支払いまでを配達員が担当しており、店舗側に人員的な負担が生じない。そして、既存の小売店舗を利用することから、ダークストアの設置を必要としていないことから、これまで見てきたような地域住民との摩擦も起こりにくいといえるだろう[11]

また、フィンランドのフードデリバリーサービスWolt[12]は、ドイツや北欧諸国で料理だけでなく食品や日用品も配達している。WoltもWolt Marketというダークストアを所有しているものの、既存の小売店との提携も充実している。そのため、そのほかのクイックコマース事業者のように10分での配達を掲げるといったことはしておらず、多くの商品が30分前後での配達となっている。Woltはフードデリバリー事業を中心にしつつ、配達に無理のない時間でコマース事業を継続しているものと思われる。(図表2)

図表2 Woltが利用可能な国および利用可能店舗選択画面
(出典)Woltのホームページより

Uber EatsやWoltの事例を鑑みると、事業継続のポイントは、地域住民の生活とのバランスをとることだろう。既存の小売り店舗の利用や、ダークストアを設置する際には居住者との関係を十分に考慮し、配達の速さだけにこだわらないことが重要となる。欧州のクイックコマースの趨勢は、まさしく「競争がますます劇(はげ)しくなって生活はいよいよ困難になる」という事例であった。事業者は、利便性(速さ)だけでなく、生活そのものが豊かになることを考える必要があるといえるだろう。

KDDI総合研究所コアリサーチャー 新倉 純樹

◼️関連レポート
ラストマイルは「配達まで15分以内」の争いに ニューヨークで即時配送サービスが熾烈な競争(2021/12/13)
https://rp.kddi-research.jp/article/RA2021021

◼️脚注
[1] 夏目漱石『現代日本の開化』より。

[2] DIAMOND online「欧米で広がる「クイックコマース」と「ダークストア」、“注文から10分で宅配”は日本でも広がるか | From DIAMOND SIGNAL | ダイヤモンド・オンライン」(2022年3月16日)URL: https://diamond.jp/articles/-/333535(2024年9月12日アクセス)。

[3] ダークキッチンは、調理および配達拠点となる店舗であり、ダークストアと同様に客が入店することはない。

[4] WIRED「急増する「超スピード配達」を担うダークストアが、都市で新たな問題の“火種”になっている」(2022年4月4日)URL: https://wired.jp/article/amsterdam-dark-stores/(2024年9月12日アクセス)。

[5] BUSINESS INSIDER NEDELAND「Gemeenten zijn overlast flitsbezorgers zat: na Amsterdam en Rotterdam nemen nu ook Den Haag, Groningen, Arnhem en Amstelveen maatregelen」(2022年2月15日)URL: https://www.businessinsider.nl/flitsbezorgers-overlast-dark-stores-verbod-gemeenten/(2024年9月13日アクセス)。

[6] DIAMOND Chain Store online「バルセロナでは営業禁止!ヨーロッパでダークキッチン、ダークスストア規制強化の事情」(2023年3月17日)URL: https://diamond-rm.net/overseas/euroeconomy/374987/(2024年9月13日アクセス)。

[7] JETRO「政府がクイックコマースのダークストア規制に着手」(2022年9月14日)URL: https://www.jetro.go.jp/biznews/2022/09/87a142b1a7f15f0b.html(2024年9月13日アクセス)。

[8] THE CONVERSATION「Le « quick commerce » a-t-il encore un avenir en France ?」(2023年5月10日)URL: https://theconversation.com/le-quick-commerce-a-t-il-encore-un-avenir-en-france-205303?gad_source=1&gclid=CjwKCAjw59q2BhBOEiwAKc0ijYfVQ2MpaMnlLU-wTdQ_6_Pp9pYXM3NXk3JDLAlEanH3jtRMNbQ3xRoCZTYQAvD_BwE(2024年9月13日アクセス)。

[9] KSM News & Research「クイックコマースのFlink、フランス子会社が倒産」(2023年6月7日)URL: https://ksm.fr/archives/643944(2024年9月13日アクセス)。

[10] BBC「Delivery firm Getir to exit UK, Europe and US」(2024年4月29日)URL: https://www.bbc.com/news/articles/c1rvlv01255o(2024年9月13日アクセス)。

[11] GROCERY GAZETTE「Uber Eats couriers to pick orders in supermarkets」(2024年6月18日)URL: https://www.grocerygazette.co.uk/2024/06/18/uber-eats-courier-pick-pack/(2024年9月25日アクセス)。

[12] 2022年に米国企業DoorDashに買収されている。