ミュージアムの自活手段としてのサブスク
2回にわたって国内外ミュージアムのサブスク(メンバーシップサービス)に着目している。前編では、欧米ミュージアムのサブスクが各館の重要な収入源になっていることを紹介した。稼ぐためのポイントがおさえられており、一般的なサブスクビジネスの定石に照らし合わせても適切な作りになっていた。
「美術館の運営もゼネラルモーターズの経営も変わりはない」というのは米メトロポリタン美術館(以下、MET)の元名物館長トマス・ホーヴィングの言葉だ。ミュージアムサブスクがしっかりとビジネスになっているのも、欧米各館にこうした考えが根底にあるからなのかもしれない。
ミュージアムは非営利団体ではあるが、自助努力で運営費用を確保していく取り組みは重要になっていくだろう。社会課題が山積する世の中で、公的な助成金が増えることはあまり期待できない。クラウドファンディングもよいが、連発すると信用を失いかねない。一方で、ミュージアムが来館者との継続的な関係性を作り、自ら活動資金を集めていくという観点でサブスクは有効な手段になり得る。
後編である今回は、独立行政法人国立美術館(以下、国立美術館)のサブスクを、欧米各館のそれと比較しながら紹介する。なお国立美術館とは、国立西洋美術館や国立新美術館を含む国内7館の国立美術館の運営主体のことである。
サブスク売上は西高東低
今回もサブスクの内容紹介の前に、まずは数値的な現状把握のために、各館のサブスク売上と、総収入に占めるサブスク売上の比率の共有から始める(図表1、前号からの再掲)。ここでは、欧米ミュージアムとして米MET、米ニューヨーク近代美術館(以下、MoMA)、英テート(以下、TATE)を、国内ミュージアムとして国立美術館を並べている。欧米を「西」、国内を「東」とするなら、サブスク売上の額も比率も西高東低だ。
比較のポイントは4つ
欧米ミュージアムがどのようにサブスクで稼いでいるのかについて、前号では以下の4つのポイントをハイライトした。
①特別体験の提供(特別なアクセス)
夜や早朝など通常営業時間外に利用できたり、企画展の会期前に特別に入場できたりする権利。会員専用のラウンジやカフェ。特別体験の提供はサブスクビジネスの原理原則。
②段階的料金プラン
単一プランではなく、ニーズに応じて段階的なプランを提供。
③アドオンオプション
(≒②)ユーザーの必要に合わせて、追加特典を基本プランに上乗せできる。
④サブスクのプレゼント
今回は、これらポイントを軸に、国内ミュージアムのサブスクがどのようになっているか追っていく。結論としては図表2のようにまとめられる。
①特別体験(特別アクセスやラウンジ): △ 営業時間外アクセスや特別ラウンジなどはない
図表3は国立美術館が提供するメンバーシップサービスの一覧だ。欧米ミュージアムのサブスクに必ず入っていた通常営業時間外のアクセスや特別ラウンジの提供は、国立美術館のサブスクでは見られない。
企画展の特別内覧会(開会式)への招待はあるものの、年会費5万円以上の「賛助会」の特典だ。賛助会は、一般的なサブスクサービスに比べると、寄付や支援の意味合いがより強くなる。寄付や支援はミュージアムにとって極めて重要だが、こういった特別体験が賛助会員に限られるのはもったいない。
②段階的料金プラン: △ 個人向けは3種あるが上位プランへの移行インセンティブに乏しい
国立美術館のサブスクで個人向けプランと言えるのは、パスポート、友の会の2つであり、ここに賛助会(個人会員)を含めるなら合計3つだ。なお、賛助会(個人会員)以外の賛助会プランは、金額的にも内容的にも、複数の人で使うものになっていることがうかがえる。つまり個人向けというより、企業などの団体向けだ。
個人向けプランをみると、いずれも所蔵作品展の通い放題がベースとなっており、企画展の観覧券が数量限定で付いてくる。しかし、並べてみれば、上位プランへの移行インセンティブはもの足りない。お得な「回数券」の域を出ていない。これは①で論じた「特別体験」に乏しいこととにも通ずる問題だ。
(参考)常設展と企画展の違い
ここで、常設展(所蔵作品展)と企画展の違いについて簡単にふれる。国内外のミュージアムで状況が大きく異なる。
常設展(所蔵作品展)とは、そのミュージアムの所蔵作品による展覧会だ。傾向として、コレクションが潤沢な欧米ミュージアムでは常設展を求めて人が集まる。一方、国内ミュージアムは、欧米各館とくらべればコレクション数は限られていることもあり、常設展がにぎわうことはまれだ。常設展の活性化は国内ミュージアム全般の課題となっている。
企画展とは、国内外のミュージアムから企画にマッチする作品を借りてきて行う期間限定の展覧会だ。国内のミュージアムで人が押し寄せるのは企画展だ。
なお、欧米各館のサブスクは常設展も企画展もカバーしている。国立美術館のサブスクでは、通い放題となるのは常設展だ。企画展の参加権に関しては前述の通り、各展1枚といったように数量限定で提供される。
③アドオンオプション: × アドオンはなし
国立美術館のサブスクではアドオンオプションの提供はない。METとMoMAにもアドオンオプションはないが、両館はそもそも段階的料金プラン(②)それぞれを充実させていることから、アドオンオプションの提供が不要になっているのだろう。
④サブスクのプレゼント(オンラインギフティング): × サブスクのプレゼントはあるが窓口販売のみ
国立美術館ではサブスクのプレゼントを提供しているものの、窓口販売のみだ。窓口に行かなければいけないとなれば、プレゼントとしてのハードルは高い。オンラインで気軽にギフティングできるようにすることで、親から子へのプレゼント、アート好きな友人へのプレゼントなどさまざまなニーズをとらえていくことが必要だ。
欧米各館は、オンラインのサブスク入会画面にて、必ずと言っていいほど「通常入会」と「ギフト購入」を並べて表示させている(図表4)。TATEは、季節になればクリスマスギフトのボタンも用意する(図表5)。欧米各館がいかにオンラインギフティングを重視しているかがわかる。
国内ミュージアムはどうすべきか?
国内外のミュージアムサブスクを見てきた。サブスクの売上的にもサービス内容の充実度においても欧米各館は強い。では、国内ミュージアムのサブスクを活性化しようと思った場合、ポイント①〜④のどれが重要になるのか、勝手に考えてみる。
① 特別体験(特別アクセスやラウンジ)
② 段階的料金プラン
③ アドオンオプション
④ サブスクのプレゼント(オンラインギフティング)
①〜④全てのテコ入れは現実的ではない。国内各館は人もお金も限られている。職員の数が少なく、一人何役もこなさなければ館が回らないところも多い。そういう状況においても取りうる選択肢はどれか?
①、②、③は定石中の定石だが、これら3つはセットで取り組む必要がある。①(特別体験)を複数ラインナップし、それを②(段階的料金プラン)や③(アドオンオプション)を通じて提供することになる。しかし当然ながら大元の①の拡充には人とお金が要る。たとえば時間外アクセスを提供するなら、その分スタッフの追加配備が必要だ。
一方で、多くのお金や人をかけずに対応できるのが④だ。プレゼント需要を掘り起こせれば、サブスク利用者を増やせる可能性がある。もちろん、オンラインのギフトボタンを用意するだけでは不十分だ。買い手がそれを誰かに贈りたくなる内容になっていなければならない。
一案としては、10代向けのギフトとして、その親世代に買ってもらうことを目指すのはどうだろう。
以前のコラムで、10代に向けて書かれたビジネス書籍が増えていることを紹介した。「13歳からの◯◯」といったタイトルの書籍だ。その内容の多くは、学校では教わらないが大切なことだ。不確定性の高い時代だからこそ、親たちは子供へ「道しるべ」になるようなものを贈りたい。ちなみに2020年2月に発売になった「13歳からのアート思考(末永幸歩)」という本は17万部のベストセラーになっている。
たとえばサブスク会員が、常設展の作品からアートを学べるようになっていたり、アート思考を体験できるようになっていたりしたらどうだろう。親世代は子どもにプレゼントしてみようという気にならないだろうか。ガイドとなる教材をミュージアムが作成し提供することで、会員は好きな時に来て自分のペースでアートを体験しながら学べる。常設展の作品を題材にした教材であれば、頻繁に刷新する必要はない。なお、教材の解説文は平易な文章で作られていることが不可欠だ(一般的にミュージアムの図録などで見られる解説文は難解であることが少なくない)。
ミュージアムにとっても、若い人たちの来館が増えることは、将来にわたってのお得意様候補を増やせることになる。常設展の活用も進む。地域の文化教育機関としての存在価値をさらに高められるのではないか。
おわりに
誰にも頼まれていないのに、国内外ミュージアムサブスク比較論を勝手に展開してしまった。これまで書いてきたアート関連コラムでも同様の手口であれこれ色々なトピックをとりあげてきたが、その動機は、アートが身近になれば毎日が(少し)楽しくなるのではないか、と思っているからだ。
パンデミック真っ只中であった2020年4月に作家のスティーブンキングが当時Twitterで発したメッセージをよく思い出す。
「あなたが、アーティストなんて何の役にも立たないと思うなら、この自粛期間を、音楽、本、詩、映画、絵画無しで過ごしてみてください」
文化芸術は、気づかないうちに我々の生活の潤滑油になってくれている。それらが全くない毎日を想像するのは怖い。
たくさんの人の生活の中にアートがある、そういう世界を想像しながらまた勝手に色々と考えていこうと思う。
KDDI総合研究所コアリサーチャー 沖賢太郎
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