デジタルアートの現在地

アートの聖地バーゼルでデジタルアートフェアが初開催

毎年6月、スイスのバーゼルでは世界最大のアートフェア「アートバーゼル」が開催される。アートフェアとは、世界中のギャラリーが集い、そのギャラリーに所属するアーティストの作品を販売するイベントだ。アートバーゼルには毎年世界中のアートコレクターが集まる。

2024年6月、そのアートバーゼルの会場近くで同時期に独立系デジタルアートフェア「デジタル・アート・マイル」が開催された。

出展したのは、デジタルアートに強いギャラリーや、デジタルアートのプラットフォーム、さらには、デジタルアートの取引にも力を入れている大手オークションハウスのサザビーズなど。会場では、ディスプレイに映し出されるデジタル作品やそれにかかわりのある現物作品などの展示が行われた。

バーゼルでデジタルアート中心のフェアが行われるのは初だ。この変化のタイミングで、アートワールドの中でのデジタルアートのポジションをおさらいしつつ、展望を考えたい。

図表1 デジタル・アート・マイルの会場
出所:MakersPlaceのX 

依然として低いデジタルアートのプレゼンス

デジタルアートのフェアが開催されたと聞くと、それだけデジタルアート界隈が盛り上がっている印象を受けるかもしれないが、実際は少しちがう。そもそも、アート市場におけるデジタルアートのプレゼンスは依然として小さい。デジタルアートの作品はすこしずつ増えてはいるものの、流通量で言えば、絵画や彫刻などのフィジカルアートが現在も圧倒的なシェアを占める。2023年における、ギャラリーなどのディーラーを介した作品の売上のうち、デジタルアートの割合は0.2%だ(図表2)。

アートバーゼルをはじめとする伝統的なフェアに出品される作品も同様だ。以前、アートバーゼルに毎年参加している、老舗オークションハウスの幹部に話をうかがう機会があったが、やはり今もメインはフィジカルアートだそうだ。

図表2 ディーラーを介したアート作品売上の様式別シェア(2023年)
出所:UBS「Art market report 2024」
(元データはArts Economics)

デジタルアートの地位向上をねらうデジタル・アート・マイル

そんな状況下で開催されたのがデジタル・アート・マイルだ。イベントの主催者や参加者の見解からは、なんとかしてデジタルアートのプレゼンスを高めたい、あるいはデジタルアートを伝統的なアートワールドやそれを象徴するアートバーゼルに食い込ませていきたい、という考えがうかがえる。

例えば、デジタル・アート・マイルのイベント規模はまだ小さいが、主催者によれば、人々にデジタルアートワールドに気軽に足を踏み入れてもらえるよう小さく始めたのだという[1]。入場料を設けなかったのも敷居を下げるためだろう。ちなみにアートバーゼル2024の入場料は68スイスフラン(約12,000円)[2]だ。

また、デジタル・アート・マイルでは少数ながらカンファレンスが開催されており、デジタルアート支持派の登壇者からは下記のような発言が出ている[3]。保守本流への対抗心も垣間見えるが、伝統的なアートと同列に並びたいという思いも感じられる。

「アートバーゼルでのデジタルアートの少なさに失望した。デジタルアートが伝統的なアートとつながることは重要で、それによって質の高い言説や批評が生まれ、議論が促される。」(AI研究者、サーシャ・スタイルズ)

「伝統的なアーティストとデジタルアーティストを区別する必要はない。アーティストはアーティストだから。」(デジタルアートの専門家、ミミ・グエン)

「デジタルアート界には、伝統的なアート界の一部として見られることを重視する人もいれば、そのような外部からの承認など必要ないと考える人もいる。」(デジタルアーティスト、S・ライアン・オコナー)

図表3 デジタル・アート・マイルのカンファレンスの様子
出所:Rug Radio (デジタル・アート・マイルのメインパートナー)

インディーズが本流に食い込んできたアート史

一方、歴史的に見ると、伝統的なアートイベントへのカウンターとして、別の団体が独立系イベントを開催することは珍しくない。中には、そのようなイベントが後のアート史に重大な影響をもたらしたものもある。その筆頭がフランスの「印象派展」と「アンデパンダン展」だろう。

印象派展の始まりは1874年。当時権威だったフランス王立絵画彫刻アカデミーが主催する公式美術展覧会(サロン)への対抗を旗印に発足した。中心メンバーは、保守的なサロンの審査には通らなかった印象派のアーティストたちだ。10年の間に8回開催された印象派展には、モネ、ルノワール、ドガ、ピサロ、セザンヌなど、いずれも近代アートを語るのに外せないアーティストが出展している。

1884年開催のアンデパンダン展も、背景にあるのはサロンへの批判だ。サロンのような保守的な審査への対抗として、同展は無審査で誰でも出展できるようにした。「アンデパンダン」は英語のインディペンデントに相当する。つまり独立展、インディーズ展だ。しかし、ここに参加していたアーティストの中にも、その後、アート史を塗り替える影響をもたらしたアーティストが数多くいた。スーラ、シニャック、ルソー、マティス、ゴーギャン、ゴッホ、セザンヌ、ロートレックなど。

デジタルアートの展望

アート史の流れを踏まえれば、今はまだ存在感の小さいデジタルアートが、今後勢力を増していく可能性も考えられるのではないか。また、現代はテクノロジー全盛の時代でもある。AIなどのテクノロジーを使ってデジタル作品を作るアーティストも少しずつ増えている。強力なツールとしてのテクノロジーはデジタルアートにとってはプラス材料だ。デジタル・アート・マイルも現代の印象派展・アンデパンダン展になっていくかもしれない。

KDDI総合研究所コアリサーチャー 沖賢太郎

◼️関連コラム
大企業が芸術祭に出展する理由〜アートとテクノロジーで新しい顧客とのつながりを(2024-03-06)
https://rp.kddi-research.jp/atelier/column/archives/5049

デジタルアートによる新しい食体験〜小さなシェフが駆け回り、花が咲き乱れる(2023-04-12)
https://rp.kddi-research.jp/atelier/column/archives/1311

鑑賞から体験へ〜デジタルアート体験が若者たちを集める(2022-11-25)
https://rp.kddi-research.jp/atelier/column/archives/970

◼️参考文献
[1] The art newspaper “Digital deluge: how will Art Basel respond to a surge of digital-art initiatives in Switzerland?”(13 Jun, 2024)
https://www.theartnewspaper.com/2024/06/12/art-basel-digital-art-initiatives-in-switzerland

[2] 為替レート 1スイスフラン=177.19円(2024年7月16日)

[3] ARTnews Japan ”デジタルアートと伝統的なアート界の距離は縮まるのか? バーゼル初のデジタルアートフェアをリポート” (21 Jun, 2024)
https://artnewsjapan.com/article/2403