ミュージアムのサブスク
世の中の多くのミュージアムではメンバーシップサービスを提供している。会員から年会費をもらって、展覧会へのフリーパスなど様々な特典を提供する。つまりサブスクだ。
このコラムシリーズでは、様々な角度で国内外のミュージアムを比較しているが、サブスクにおいてもやはり国内外の差は大きい。
欧米ミュージアムのサブスクは、ミュージアムが自力で稼ぐための重要手段になっている。魅力ある特典で会員を集め運営資金の原資を生み出しており、しっかりとビジネスになっているのだ。これは国内ミュージアムのサブスクの状況とは大きく異なる。
今回から2回に分けて国内外のミュージアムのサブスクを見ていく。前編では、欧米ミュージアムを主題として、米メトロポリタン美術館(以下、MET)、米ニューヨーク近代美術館(以下、MoMA)、英テート(英国内に計4館。以下、TATE)をとりあげる。後編では、国内ミュージアムの状況を踏まえ、国内外を比較しつつ、サブスクの観点から国内ミュージアムの集客向上策を考察する。
欧米ミュージアムではサブスクは大事な収入源
サブスクの内容紹介に入る前に現状の共有から始めたい。図表1は、各館のサブスク売上と、総収入に占めるサブスク売上の比率だ。比較参考のために独立行政法人国立美術館(以下、国立美術館)の業績も並べた。国立美術館は国内7館(※)の国立美術館の運営主体であり、業績もそれらの合計を表す。
(※)東京国立近代美術館、国立工芸館、京都国立近代美術館、国立映画アーカイブ、国立西洋美術館、国立国際美術館、国立新美術館
図表1からは国内外の差がわかる。欧米各館ではサブスクが収入源のひとつになっている。TATEは、毎年総収入の約50%が公的支援(助成金など)によるものであり、残りの50%を自活(事業や寄付)している。この自活分の中でみれば、サブスクの貢献度は20%になるため重要な稼ぎ頭のひとつだ。これとは対照的に、METやMoMAは公的資金の割合が非常に少ないレアなミュージアムとして知られる。その分、様々な稼ぐ手段を用意しており、サブスクもそのひとつになっている。
一方、国立美術館のサブスク売上は非常に小さく、グラフにすると視認できないレベルになってしまう。国立美術館は、総収入の76%が公的支援で、残りの24%を自ら集めている(2024年3月)。国立美術館の自活率は、欧米主要ミュージアムに比べて低いと言われているが、サブスク率も桁違いに小さい。
欧米ミュージアムはサブスクビジネスの定石をおさえている
欧米ミュージアムはどのようなサブスクで会員を集めているのか。ここからは、重要と考えられる4つの特徴を順番に紹介していく。特筆すべきは、いずれもサブスクビジネスの定石をおさえた打ち手になっていることだ。
①特別体験の提供〜特別なアクセス
サブスクビジネスの原理原則は、利用者に対して継続的に価値を提供することだ。単なる利用し放題では不十分で、それを超えた価値が必要となる。
海外ミュージアムのサブスクでは、ミュージアムへの特別なアクセスを提供しているケースが多い。たとえば、夜や早朝など通常営業時間外に利用できる権利(MET、MoMA、TATE)や、企画展の会期前に特別に入場できる権利(MET、MoMA。TATEも後述する④アドオンオプションで会期前入場を提供)。いつもは混雑している館内も、会員限定の時間枠であれば、人気作品をゆっくり見られる。なお、METのサブスクには混雑時のファストパスも付いている。
また、会員のみが入れるバーやラウンジもある(MET、TATE)。図表2はテムズ川沿いにあるTATEモダンの会員専用バーだ。このような場所はビジネスの商談にも使える。実際に、クライアントを連れてくる会員も珍しくないという。
②段階的料金プラン
2つ目は、プランのラインナップだ。人々のニーズは様々だ。単一プランのサブスクがあらゆる人にフィットすることは滅多にない。ニーズに応じて段階的なプランを用意することもサブスクのセオリーだ。
たとえばMoMAは3つのサブスクプランを用意している(図表3)。ベーシックな「Access」プランでは、年間110ドル(約16,000円)で、展覧会とフィルム上映会への無料アクセス、帯同者の入館料を5ドル(約730円)に割り引き、時間外入館、企画展の会期前入館、グッズショップでの10%割り引きなどが特典となる。一段上の「Explore」プランは年間200ドル(約29,000円)のペア会員であり、「Access」プランの特典に加え、キュレーターと会える権利やフィルムメーカーとのイベントへの参加権がついてくる。
同様にMETもTATEも3段階のプランを用意しており、価格はそれぞれ年額でMETは110ドルから、TATEは84ポンド(約16,000円)からだ。
なお、MoMAはこのほかに、展覧会の無制限アクセスのみを提供するサブスク「Annual Pass」を75ドル(約11,000円)で用意している。確かに、たくさん観に来たいけどそのほかの特典はいらないという人もいるだろう。
③アドオンオプション
アドオンオプションの提供は、広く見れば前述の段階的料金プランと性質は同じだ。ユーザーの必要に合わせて、追加特典を基本プランに上乗せできる。これも様々なインターネットサービスで見られる形態だ。
アドオンオプションを提供しているのはTATEだ(図表4)。たとえば、年額42ポンド(約8,000円)の「LONDON PRIVATE VIEWS」を追加すると、企画展会期前の特別鑑賞や、営業時間終了後の鑑賞が可能になる(なお、基本プランにも営業時間外の利用権が含まれているがそちらは早朝利用に関するものだ)。
このほか、TATEの別館であるTATEリバプールやTATEセントアイブスの利用を促すためのアドオンが用意されている。
④サブスクのプレゼント
ミュージアムサブスクはプレゼントにもなる。特別なミュージアム体験ならば、それを大切な人にも楽しんでほしいと考える人は少なくないだろう。ミュージアムとしては、贈り手が簡単にプレゼントできるような動線を用意しておくことが重要だ。
図表5はMETのサブスク申し込み画面だ。通常加入とギフト購入を同列に並べている。オンラインから、贈り先のアドレスを入力することで、知人や家族に簡単にサブスクをプレゼントできるようになっている。これはMoMA(図表3の「Gift it」のボタン)でもTATEでも、さらには英ナショナルギャラリーなどでも同様だ。親から子へのプレゼントにも良いし、友人の誕生日プレゼントにも良い。欧米ミュージアムはプレゼント需要もしっかりおさえている。
ビジネスとしてのミュージアムサブスク
欧米ミュージアムのサブスクでは、特別な体験を提供し、段階的な料金プランやアドオンオプションで様々なニーズに応え、ギフティング需要もおさえている。ビジネスとして積極的に利用者を集めにいっていることがわかる。
欧米ミュージアムと国内ミュージアムでは、様々な前提や状況が異なるため、単純比較はできない。しかしビジネスとしてのサブスクを展開する欧米ミュージアムから得るものはあるのではないか。次回は、国内の現状を踏まえて、このあたりを考察する。
KDDI総合研究所コアリサーチャー 沖賢太郎
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