研究員がひも解く未来

研究員コラム

本を読むということ

1.知識から情報へ

大学を卒業し就職してからずいぶん月日が経ちますが、私は働きながら日常的に好きな本を読んでいます。そのため、文芸評論家の三宅香帆さんの書かれた『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書)が話題を集めて大変売れていると知り、驚きました。周囲の家族や友人も働きながら本を読んでおり、会話の中で「最近、何か面白い本を読んだ?」というやり取りは、私にとってごく普通のものです。こうした環境にいることで、「働いていると本が読めなくなる」との主張には疑問を感じたため、この本を読んでみました。読後、三宅さんとの世代の違いから違和感を持つ部分も多少ありましたが、その考察には説得力があると思いました。しかし一方で、近年、日本人の就労者が働いているから本が読めなくなっている、つまりは読書量が減っているということについては、本書においてデータに基づく論証が充分と言えないこともあって、やや疑問が残りました。そこで、日本人の読書をめぐる状況を文献とデータから調べてみることにしました。

とは言え、まず『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』の中で説得力があると感じた点を、簡単に述べたいと思います。現在の私たちにとって、読書は一人での黙読が一般的ですが、本書によると、明治時代以前は朗読が主流でした。明治時代に入ると、活版印刷の普及により、個人の趣向に応じた読書が可能になりました。この時期、日本は産業革命を迎え、多くの労働者が誕生しましたが、読書は主にインテリ層の男性のものでした。大正時代になって、国力向上のために小学校を卒業した国民の識字率を維持する手段として政府が読書を奨励するようになり、読書という文化が労働者を含めた国民全体に広まりました。三宅さんの調査によれば、大正時代末期から戦争を挟んで2000年代に入るまで、日本人は長時間労働を強いられる環境の中でも本を読んできました。しかし、2000年代に入って「読書離れ」が顕著になります。これは、IT革命により、読書で得る「知識」よりも、インターネットで得る「情報」を選ぶようになったからとされます。三宅さんの定義によれば、「知識」とは自分の知りたいことに歴史や社会の文脈を加えたものであり、「情報」は知りたいことだけを指します。バブル崩壊やリーマンショック後、日本人は余裕を失い、読書に替えて効率的に情報を得るインターネットを利用するようになりました。この結果、「働いていると本が読めなくなる」という状況が生まれます。確かにインターネットの普及によって、私たちは何か知りたいことや調べものがあった時に、書籍に当たるのではく、インターネットの検索を通じて必要な情報を得るようになっています。ネットが読書の時間を減少させているというのは以前から言われていましたが、本書の「知識」と「情報」のトレードオフの関係は納得できます。

また、昨今のタイパ(タイムパフォーマンス)重視の動画コンテンツ(映画、TV番組等)の倍速視聴やスキップ視聴、ファスト動画視聴も、「知識」よりも「情報」の入手を重視する文脈で理解することが可能です。この知識と情報の関係を考えると、直木賞作家の角田光代さんのエッセイ[1]「小説は読み手のもの」を思い出しました。角田さんはその中で、国語のテストで「主人公の気持ちは」「作者の言いたいことは」という問題を「解く」読み方と、本来の小説の「読む」読み方の違いを指摘しています。「解く」読み方は、物語が持っている意味の多様性を排除して正しい解答を得るためのもので、「読む」読み方は物語の自由な解釈を許容します。この「解く」読み方が目的としているのは「情報」を得ることであり、「読む」読み方の目的は「知識」を得ることと言えるように思います。

こうしたことから考えると、私たちの生活は、「知識」を得ることよりも「情報」を得ることを重視するようになっているのかもしれません。

さて、次の章で日本人の読書量の変化と読書をめぐる環境についてデータに基づいて考察し、「働いていると本が読めなくなる」のかを検証すると共に、これからの読書の状況を展望します。

2.日本人の読書事情

2-1.日本人の読書量の変化

文化庁が毎年行っている「国語に関する世論調査」[2]では、平成20(2008)年度から5年ごとに日本人の読書量の変化を見ています。この調査結果によると、「1か月に大体何冊くらい本(雑誌・漫画を除く)を読むか」との質問に対して、「読まない」と答えた人は平成20(2008)年度46.1%から平成30(2018)年度47.3%とあまり変化がありませんでしたが、直近の令和5(2023)年度調査では、62.6%に急増しています(「図表1」参照)。この点について、文化庁の報告書によれば、「調査方法が変わったため、令和元(2019)年度以前の調査結果については、今回(令和5年度)の調査結果との比較に注意が必要」とあり、横並びにして経年変化を見ることにはあまり意味がないかも知れません。しかし、回答者の6割以上の人が1か月間に1冊の本も読んでいないことは、現在の読書離れの深刻さを物語っています。

図表1 1か月に読む本の冊数
*調査方法の変更のため、令和元(2019)年度以前の調査結果は参考値となり、比較には注意が必要。
出典:文化庁 令和5年度「国語に関する世論調査」

また、「読書量は、以前に比べて減っているか、増えているか」との質問に対する「読書量は減少している」との回答は、平成20(2008)年度64.6%から平成30(2018)年度67.3%と微増しています。調査方法が変更された令和5(2023)年度調査でも69.1%と、5年前とほぼ同程度の7割弱の数値となっています(「図表2」参照)。一方、「読書量は増えている」との回答は、令和5(2023)年度調査でわずか5.5%です。このことから、意識の面でも読書量は減少傾向にあり、今後も読書離れの状況は変わらないと考えられます。

図表2 読書量の変化
*調査方法の変更のため、令和元(2019)年度以前の調査結果は参考値となり、比較には注意が必要。
出典:文化庁 令和5年度「国語に関する世論調査」

この読書量の減少の理由を、令和5(2023)年度調査で「読書量は減っている」と答えた69.1%の人に聞いています。第1位の「情報機器(携帯電話、スマートフォン、タブレット、パソコン、ゲーム機等)で時間が取られる」が43.6%、次いで「仕事や勉強が忙しくて読む時間がない」が 38.9%、「視力など健康上の理由」が 31.2%となっています(図表3参照)。

図表3 読書量が減っている理由
出典:文化庁 令和5年度「国語に関する世論調査」

「情報機器で時間が取られる」が理由の第1位であることから、インターネットやSNS、ゲームの利用が読書量を減少させていることが明らかとなりました。

さらに「仕事や勉強が忙しくて読む時間がない」と答えた38.9%の人の年齢別の内訳をみると、「16歳~19歳」56.4%、「20代」63.3%、「30代」67.2%、「40代」61.3%、「50代」48.0%、「60代」28.1%、「70代」13.0%となっています。「20代」から「40代」では、6割以上の人が「忙しくて本が読めない」と回答しており、三宅さんの「働いていると本が読めなくなる」はデータからも証明されたことになります。

2-2.書店数及び出版市場の推移

ここでは、私たちの読書環境に目を向けたいと思います。

公益社団法人 全国出版協会出版科学研究所の公開データから書店数の推移を見てみると、2003年度の20,880店から2023年度には10,918店へとこの20年間で約半分に減少しています。新規店舗の開店数も減少傾向にあり、閉店数は新規開店数の4倍から5倍に達しています。日本経済新聞の報道[3]によれば、2024年3月時点で全国1741市区町村のうち書店が1店舗もない自治体が482市町村に上ります。

図表4 書店数の推移
出典:公益社団法人 全国出版協会出版科学研究所「日本の書店数」[4]

書店数の減少と相まって、同じく公益社団法人 全国出版協会出版科学研究所の公開データ[5]によれば、日本の出版市場は1996年の2兆6,564億円をピークに右肩下がりに転じ、2022年の販売額は1兆6,305億円となりました。特に雑誌の販売額の減少が大きく、1996年には1兆5,633億円と市場の約6割を占めていましたが、2022年は4,795億円と96年比で7割減まで落ち込んでいます。インターネットの普及によって、情報メディアとしての雑誌の需要が激減した結果と言えるでしょう。

2-3.今後の展望

私たちの読書の現状とそれを取り巻く環境をデータから見てきました。その結果、「働いていると本が読めない」ことが現在の実態であること、そして、今後も読書離れ、書店の減少、出版不況が続く可能性が高く、その状況を打開するのが難しいことがわかりました。

しかし、私には、読書の喜びや人生への影響を考えると、多くの人に読書をして欲しいとの思いがあります。そこで、忙しい人におすすめの読書法を、私の経験に照らして提案させていただきます。

3.読書のすすめ-忙しい人のための読書法

「働いていると本が読めない」という方の中には、「本を読む時間がない」、「本を読んでも内容が十分に理解できない」、あるいは、「厚い本や難しい本を読み通すモチベーションが湧かない」といった理由で読書を避けている人が多いのではないでしょうか。

そうした障壁を乗り越えて、こうすれば読書を楽しく継続できるだろうという三つの方法を提案します。

  • ①スロー・リーディング:
    芥川賞作家の平野啓一郎氏が提唱する読書法[6]で、一冊の本をゆっくりと時間をかけて読むというものです。この方法により、読書の理解が深まり、読書時間を効率的に捻出できます。電車の中や寝る前など、毎日数ページずつ読み進めることで、充実した読書体験が得られます。
  • ②濫読(らんどく):
    時間、場所、状況に応じて複数の本を並行して読む方法です。文芸評論家の小林秀雄氏によれば、濫読することで、読書の自由度が高まり、さまざまな本に触れることができます[7]。読書へのモチベーションを維持し、興味に応じて多様な本を楽しむことが可能です。
  • ③読書会への参加:
    読書会とは、同じ本を読んだ複数の人が集まって、その本についての感想や意見を交換する活動のことです。読書会への参加を通じて、さまざまな本や人々との出会いが期待できます。最近は、オンラインでの読書会も多数開催されており、参加へのハードルが低くなっています。

ここで提案した読書法は、私自身が昔から実践しているものです。本を読みたいと思っているがちょっと忙しくて読む時間がない方や、本を読み通すモチベーションが湧かないという方は、この三つの読書法の中の一つでもいいので試してみてください。そうして一人でも読書好きの方が増えることで、日本の読書をめぐる厳しい状況が好転するきっかけになればと思います。

KDDI総合研究所コアリサーチャー 斎藤隆一

◼️関連コラム
世界で増える「10代に向けたビジネス書」〜正解がない時代の道しるべ(2024-05-14)
https://rp.kddi-research.jp/atelier/column/archives/5128

本に魅せられて:書店・読者発の新たな価値創造の取り組み(2023-12-15)
https://rp.kddi-research.jp/atelier/column/archives/4953

◼️参考文献
[1] 東京新聞夕刊2024年6月17日掲載「角田光代の偏愛日記 ⑰小説は読み手のもの」

[2] 文化庁 「国語に関する世論調査」https://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/tokeichosa/kokugo_yoronchosa/index.html

[3] 日本経済新聞 「書店ゼロ」自治体は27% 沖縄・長野・奈良は過半に」
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE273OK0X20C24A4000000

[4] 公益社団法人 全国出版協会出版科学研究所「日本の書店数」https://shuppankagaku.com/knowledge/bookstores/

[5] 公益社団法人 全国出版協会出版科学研究所「日本の出版販売額」
https://shuppankagaku.com/statistics/japan/

[6] 平野啓一郎『本の読みかた スロー・リーディングの実践』PHP文芸文庫)

[7] 小林秀雄「読書について」(『小林秀雄全作品11 ドストエフスキイの生活』 新潮社)