研究員がひも解く未来

研究員コラム

あなたのスマホから広がるエビデンスの可能性

スマホがもたらす新たな可能性

スマホは最も普及しているデジタルデバイスの1つである[1]。スマホアプリには、エンタメから仕事効率化、決済など多種多様なジャンルがあり、日常生活をとても便利にし、スマホは身体の一部と言えるほど手放せないツールになっているのではないだろうか。また、スマートウォッチをはじめ体組成計や血圧計などの周辺デバイスの情報もスマホで管理でき、自分の健康や身体に関するデータを簡便かつ客観的に確認できるようになった。万歩計を付けなくても歩数は記録され、歩いているときの心拍数はどのくらいだったか、何キロカロリー消費し、体重や体脂肪がどれだけ減ったのかをスマホで把握できる。これらのデータはPHR(Personal Health Record)とも呼ばれ、近年、研究での活用が注目されている[2][3]

『Pokémon Sleep』×『あすけん』×『筑波大学』共同大規模調査、プレス発表カバー画像
『Pokémon Sleep』×『あすけん』×『筑波大学』共同大規模調査、プレス発表カバー画像
出所:PRTIMES

アプリが解き明かす健康

人気の睡眠ゲームアプリ「Pokémon Sleep」の睡眠データと食事管理アプリ「あすけん」の食事・身体データを分析した研究チームから新たな知見が2024年に報告された。この研究ではPokémon Sleepの利用開始後から睡眠時間や寝つきが改善する傾向が確認され、さらに改善した人達では、改善しなかった人達よりもBMI(肥満度)が低下したことを報告しており(参考:図1)、体重管理における睡眠の重要性を強調している。さらに、2025年に同じチームから新たな研究結果が報告され、アプリに記録された日々の食事データからタンパク質や食物繊維の摂取が質の良い睡眠に関連していることなどが明らかにされた[2]

総睡眠時間の改善有無によるBMI変化量グラフ
【総睡眠時間の改善有無によるBMI変化量グラフ】 赤:睡眠時間が改善した人の平均(89日目の値は-0.38 kg/m2) 青:睡眠時間が改善しなかった人の平均 (89日目の値は-0.19 kg/m2)
注:なお、BMI -0.38 kg/m2 は、身長160cm の人にとって約1kgの体重減少を意味します。 

図1 睡眠時間の改善とBMIの変化量の結果
出所 PRTIMES

ただし、この研究結果だけでは、十分なレベルの科学的エビデンスとしてコンセンサスは得られないことに留意してほしい。その理由の1つとして、この研究ではランダム化比較試験による介入の効果検証はしていない点がある。つまり、性別や年齢、食生活や睡眠習慣などが同等の集団AとBに対して、Aだけがタンパク質や食物繊維の摂取量を増やして、何もしないBと比較をして、睡眠の質が良くかなったかといった検証はできていない。そのため、睡眠や栄養素の摂取に関連する様々な要因も睡眠に影響していた可能性があり、栄養素によって睡眠が改善したという確実な証拠が得られたわけではない。

話しは逸れてしまったが、それでもこの研究が睡眠と健康に関する大規模かつ長期間の実社会データの分析結果を示したことには大いに意味がある。人々が日常生活の中で、それぞれの目的で使っていたアプリのデータが、研究に活用されることで重要な知見を得られることが示された。また、これまでは、睡眠と栄養素との関連について大規模かつ長期に調査を実施するには非常に多くの金銭的・作業的コストを必要としたが、アプリデータを活用することで研究コストを大幅に削減して、実現できることを示した意義も大きい。これまではコストや被験者の負担のために実施が困難だった研究課題も、スマホアプリのデータを活用することで実現され、新しい健康の知見が明らかにされていくことが期待できる。

スマホが切り拓いた疫学研究の革新

このように人集団を対象として健康に関する問題や課題を解決する研究は疫学研究という。スマホを疫学研究に組み込むことは、データ収集の方法論におけるパラダイムシフトである。スマホを利用する全ての人が研究に参加できる可能性があり、内蔵センサー(GPS、加速度計、マイクなど)によりスマホを利用するだけで継続的かつリアルタイムなデータ収集を可能にし、ゲームや健康管理アプリでの調査を通じて人々の自発的な関与を促進して、新たな価値を創出する[3]。2014年に著名な雑誌に掲載された研究では、ある一時点の自己申告の調査により、職場や通勤経路にファストフード店が多いとそれらの食事の消費量が多く、さらに肥満リスクが高いことが報告されている[4]。このような研究について、GPSや加速度計の記録やゲームアプリによる様々な行動パターンを含んだログデータを分析できることで、より詳細に研究することが可能になる。たとえば、客観的な位置情報や歩行速度に加えて環境要因や行動要因の影響も検証できる。通勤経路にファストフード店が多くても、緑地などの自然が多い公園を通過する場合はファストフードの消費量が少ない、あるいは速い歩行や自転車を利用する場合は肥満リスクが小さいことが分かるかもしれない。これを一時点のデータだけではなく、長期的にかつ客観的なデータを使って調査可能ということである。このように、スマホを活用することで従来にはない幅広い仮説の検証が可能になる。是非、読者のみなさんも、スマホデータの利用に積極的に関わり、新しい研究エビデンスの構築に参加いただきたい。

健康の未来を変えるモバイル研究室

スマホを基盤とした研究にはまだ課題もあり、目的に適したデータがどのくらい正確に測れているのか、測定されたデータは個人の属性や場所・時間を問わず一貫性や再現性をどこまで向上させられるか、などの検討が必要である。それでもスマホを活用した研究により、これまでの調査の限界を再設定することができ、より個人の生活実態を考慮した詳細なデータ分析を可能にする。長期間かつ高頻度のセンサーデータを活用し、ユーザ参加型の調査やゲーミフィケーションを組込み、先進的な解析を調和することで、健康や疾病の背後にある環境要因や行動要因などの複雑な関係性を解明することができる。スマホによる研究が世界的に進むにつれ、モバイルセンサーあるいはインタラクティブなデータ収集装置としてのスマホの役割[5][6]は一層拡大するだろう。世界中の人々がそれぞれの目的でアプリを利用して、リアルタイムに健康や行動に関するデータを提供することで研究が推進される。それを研究基盤とする新しいエビデンスが創出され、その成果を享受する時代を迎えるだろう。

KDDI総合研究所 シンクタンク部門 白井 禎朗

[1] 内閣府、消費動向調査(令和6年3月実施調査結果)

[2] Seol J, Iwagami M, Kayamare M, Yanagisawa M. Relationship Among Macronutrients, Dietary Components, and Objective Sleep Variables Measured by Smartphone Apps: Real-World Cross-Sectional Study. J Med Internet Res 2025;27:e64749

[3] Yi L, Hart JE, Straczkiewicz M, Karas M, Wilt GE, Hu CR, Librett R, Laden F, Chavarro JE, Onnela JP, James P. Measuring Environmental and Behavioral Drivers of Chronic Diseases Using Smartphone-Based Digital Phenotyping: Intensive Longitudinal Observational mHealth Substudy Embedded in 2 Prospective Cohorts of Adults. JMIR Public Health Surveill 2024;10:e55170

[4] Burgoine T, Forouhi N G, Griffin S J, Wareham N J, Monsivais P. Associations between exposure to takeaway food outlets, takeaway food consumption, and body weight in Cambridgeshire, UK: population based, cross sectional study BMJ 2014; 348 :g1464

[5] Fischer F, Kleen S. Possibilities, Problems, and Perspectives of Data Collection by Mobile Apps in Longitudinal Epidemiological Studies: Scoping Review. J Med Internet Res 2021;23(1):e17691

[6] Dhruva, S.S., Ross, J.S., Akar, J.G. et al. Aggregating multiple real-world data sources using a patient-centered health-data-sharing platform. npj Digit. Med. 3, 60 (2020). https://doi.org/10.1038/s41746-020-0265-z