前編[1]では、リング禍の主因として一般的に挙げられる水抜き(急速減量)が、格闘技界の実態と整合していないのではないか、という点を指摘した。また、プロボクシングで致死的アウトカムが多い背景としては、短時間に頭部打撃が重なりやすいという競技特性で説明したほうが、実態に即しているのではないか、という私見を述べた。
他方、筆者の見解が正しいのか、それとも水抜きを含めて他に主因があるのか、この問いをこれ以上掘り下げても、生産的ではないと感じる。というのも、現時点では、仮説の上に仮説を積み重ねていて、推測の域を出ないからだ。今、プロボクシング界に必要なのは、これ以上仮説を積み重ねることではなく、リング禍を減らすための具体的な行動に出ることである。
では、その行動とは何なのか。答えは、決して特別なものではない[2]。
同じ定義で測り、同じ様式で残す
やるべきこと自体は、難しい話ではない。致死的アウトカムに関連し得る様々な要因を、同じ定義で測り、同じ様式で残し続けることだ。この積み重ねによって、初めて「何が起きているのか」が、少しずつ見えてくる。
疫学の分野には、一定の集団を定義した上で、時間をかけて継続的に観察していくという、シンプルだが強力なアプローチがある。このアプローチでは、致死的アウトカムに関連し得る様々な要因を記録し続けることで、それらが、その後のアウトカム(致死的アウトカム、試合中の意識消失、急性硬膜下血腫、救急搬送の件数など)とどのように関係し得るのかが、少しずつ見えてくる。
関係し得る要因として測るべきものには、選手の特性(試合数、過去のKO負けの数、脳震盪の既往歴、試合間隔など)がある。加えて、試合映像をもとに、頭部への有効打を一定の基準でタグ付けすることで、ラウンド別の頭部被弾数や、1分あたりの頭部打撃数(ピーク値)、ダウン後の試合再開直後に集中する被弾数なども把握できる。
また、日本ラグビーの最高峰リーグ(リーグワン)でも採用されているセンサー搭載マウスガード(instrumented mouthguards:iMG)を活用すれば、加速度や角加速度といった、試合中の衝撃を客観的な数値として捉えることも可能である[3]。
水抜きについても、試合前日の計量時だけでなく、当日(試合直前)にも体重を記録しておくだけで、ある程度見えてくる。その理由は、一般的に水抜きに頼らない減量では、計量から翌日にかけての体重の戻し幅は小さくなるからだ。さらに、世界タイトルマッチのようなビッグイベントでは、ファイトウィーク[4]中、主催プロモーションがホストホテルを押さえ、連日にわたりメディアイベントが行われることが多い。そうした環境では、48時間前、72時間前といった、より広い時間軸で体重のデータを残すことも現実的だろう。
球技スポーツから学べること
ここで、少し視点を変えて、他競技の事例を見てみたい。昨今、球技スポーツ界では、大規模な傷害調査が行われている。
1999年、欧州サッカー連盟は、ヨーロッパにおけるトップレベル男子サッカー選手の傷害発生状況とそのリスクを体系的に把握することを目的として、Elite Club Injury Study(ECIS)を開始した。ECISでは、基本的な定義と調査枠組みを長期にわたり維持しながら、20年以上にわたってデータが収集されてきた。これらのデータは、年次レポートや論文として継続的に公表されているので、少し見てみよう。
ECISの成果の一例として、サッカー選手に頻発し、欠場期間の長期化や再発を通じてキャリアにも影響を及ぼし得るハムストリングス(大腿後面)筋損傷について、発生率や欠場日数の推移がシーズン単位で示されてきた[5]。このようにECISは、「どの傷害が、どの程度、どれくらいの頻度で発生しているのか」を、同一の方法論に基づいて長期間にわたり可視化してきた点に大きな価値がある。
その結果、近年では「どのようなクラブ運営が、ハムストリングス傷害による選手の欠場を小さくし得るのか」という観点からの議論も進みつつある。例えば、医療スタッフとパフォーマンススタッフとのコミュニケーションの質が高いチームでは、欠場日数が少ない傾向が報告されている[6]。また、新監督が過去に共に仕事をしてきたフィットネス・パフォーマンスコーチを同時に連れて就任したシーズンでは、欠場日数が多いことが報告されている[7]。すなわち、傷害は個々の選手要因だけでなく、チームの意思決定や部門間連携といったクラブ運営面の要因とも関連し得ることが、ECISのデータから示唆されてきた。
競技も、傷害の特徴も、プロボクシングとは異なる。それでも、同じ定義で、同じ様式で残すというアプローチは、そのまま応用できる。選手の特性や、試合当日の状況、体重といった要因を、最初から記録項目に組み込んでおけば、後になって「何が事故を増やし、何が減らすのか」を議論できる。推測を超えた話は、ここから生まれる。
日本国内でも、プロバスケットボール(Bリーグ)が、Safety(命を守る)、Condition(選手稼働の最大化)、Strength(パフォーマンス向上)を掲げ、大規模な傷害調査を数年前から続けていて、年次レポートとして公表されている[8]。そして、そこには、脳へのダメージ(脳振盪)についても含まれる。見てみると、2024–25シーズンの脳振盪報告は43件と、前年の27件から大幅に増加した。試合あたり発生率も過去最大である。なお、この増加については、「実際には脳振盪の発生が増加しているというよりは、各クラブの脳振盪への理解が深まり、より適切に脳振盪を検知できるようになったために報告される脳振盪の件数が多くなっている可能性が高い」と考察されている。
重要なのは、件数が記録され、年次に公表されているという事実である。可視化されるからこそ傾向を読み取り、将来的には対策の有効性を検証できる。頭部ダメージが前面に出にくい競技であっても、制度として「測り、残し、共有する」ところまで進んでいる点は、プロボクシングに比して一歩も二歩も進んでいる。
UFCから学べること
総合格闘技の世界的メジャー団体UFCでは、ファイトウィークの複数時点で体重を記録する仕組みが機能していて、それらのデータは学術論文として公開されている(表)[9][10]。具体的には、72時間前、48時間前、24時間前、公式計量、試合当日の計5時点で体重を測定し、急速減量と試合前の再増加を定量している。これらは、水抜きの実態を把握するための一次データである。さらに、開催地によっては、計量から試合日までの体重増加が一定の閾値(例:15%)を超えた選手をマーキングする仕組みも運用されている[11]。
表 2020-2022年に開催されたUFCに出場した女子選手のファイトウィークにおける体重変化
| 72時間前 | 47時間前 | 24時間前 | 公式計量 | 試合当日 | |
|---|---|---|---|---|---|
| ストロー級 (延べ48人) | 56.2 | 55.5 | 54.8 | 52.5 | 57.3 |
| フライ級 (延べ52人) | 61.3 | 60.7 | 59.8 | 57.1 | 62.7 |
| バンタム級 (延べ28人) | 66.2 | 65.4 | 64.7 | 61.9 | 67.4 |
| フェザー級 (延べ5人) | 70.7 | 69.4 | 68.9 | 65.7 | 71.8 |
※数値はkg(平均値)
出典:Evans et al. (2023)
試合中に頭が負うダメージについても、ラグビーでも導入されているiMGを活用した取り組みが始まっている。UFCは、Sports & Wellbeing Analyticsという組織との協業を発表し、iMGの試験導入を進めている。余談になるが、この技術は、マウスガードから心拍数を取得し、試合中にリアルタイムで可視化するといったエンターテインメント性のある演出も可能であり[12]、実際に注目度の高いビッグマッチ(ショーン・オマリー対メラブ・ドバリシビリ)でも使われている[13]。
なぜUFCでは、ここまでの取り組みができるのか。鍵はUFC Performance Institute(UFC PI)の存在である。 UFC PIとは、選手が所属する個々のジムとは別に、競技の母体が設けたパフォーマンス・健康支援、研究の中核拠点である。測定の標準化や実施をUFCで担い、必要に応じて外部の研究者・企業と協働する。この仕組みがあるからこそ、同じ定義で測り、同じ様式で残すことができ、新技術の検証も行える。プロボクシング界にとっても示唆的だろう。
プロボクシング界の今
プロボクシング界でも、改革が進みつつあることは確かである。主催者、行政および医療が連携し、会場救急の強化や受け入れ体制の拡充が進められている。ドクターカーの配備、リングドクターの複数配置、後方病院の確保などは、いずれも重要な取り組みである[14]。ただ、これらは主として「起きた後」の被害を小さくするための対策だ。一方で、「起こさないため」の取り組みとして、統一された様式でデータを蓄積し、必要な範囲で共有・公開していくことも欠かせない。両者は、どちらか一方ではなく、並行して進めるべきだろう。
ここで1つ、認識しておくべき点がある。プロボクシングにおける致死的アウトカムは、ここ最近続いているように見えるが、統計学的に一定の結論を導くには、最低でも数十例規模の事例分析が必要であり、短期間で答えが出る話ではない。それゆえ、やらない理由はいくらでも挙げられる。「数が少なすぎる」「統計にならない」「因果関係は示せない」などなど、どれも短期的に見れば間違ってはいない。それでも、やる必要があると思う。
もしかしたら、プロボクシング界には、すでに何らかのデータが存在している可能性もある。その場合、問題は、それがどこまで共有され、公開され、議論の土台として使われているか、という点にある。記録されていても、使われなければ、事故を減らす力にはならない。
プロボクシング界は、しばしば「エビデンスがない」と言われる。しかし、質の高いエビデンスは勝手に出てくるものではない。明確な意図を持った上で、同じ定義で測り、同じ様式で残し、長い時間をかけて積み重ねていく以外に道はない。他のスポーツに比べて致死的アウトカムの問題が指摘されているプロボクシング界において、エビデンスへの関心が高いとは言えない現状は、今後、議論されるべきテーマだろう。
エビデンスを積み重ねていく。その先にも、リング禍を減らす道があるように思う。過去は変えられない。だが、未来は創ることができる。
※本稿は、2025年12月上旬から2026年1月上旬にかけて執筆した原稿である。その後、1月下旬に入り、国内プロボクシングの統括団体である日本ボクシングコミッション(JBC)と東京科学大学病院が、「医療連携および研究事業連携に関する覚書」を締結したことが報じられた[15]。本稿で述べた「同じ定義で測り、同じ様式で残す」という方向性に沿う動きが、実効性のある形で積み重ねられていくことを願っている。
独立研究者(KDDI総合研究所リサーチフェロー) 髙山 史徳
[1] 髙山史徳「リング禍のプロボクシング界を変えるにはどうしたら良いのか? (前編)」 (研究員コラム 2025-12-02)https://rp.kddi-research.jp/atelier/column/archives/5463
[2] 筆者はプロボクシングの実務や競技運営の専門家ではなく、本コラムもスポーツ科学者の立場から、他競技で用いられてきた方法論を参照しつつ考察しているものである。したがって、特定の原因や解決策を断定するものではなく、推測を減らすための議論の土台を提示することを目的としている。
[3] 一般社団法人ジャパンラグビーリーグワン.「NTTジャパンラグビー リーグワン2024-25 HIAプロトコルへのスマートマウスガード導入について」https://league-one.jp/news/3663 (2024年12月20日配信、2025年12月28日閲覧)
[4] 一般的に、格闘技では試合直前1週間のことを「ファイトウィーク」と呼ぶ
[5] Ekstrand, J., Bengtsson, H., Waldén, M., Davison, M., Khan, K. M., & Hägglund, M. (2022). Hamstring injury rates have increased during recent seasons and now constitute 24% of all injuries in men’s professional football: the UEFA Elite Club Injury Study from 2001/02 to 2021/22. British journal of sports medicine, 57(5), 292–298. Advance online publication. https://doi.org/10.1136/bjsports-2021-105407
[6] Ekstrand, J., Hägglund, M., Waldén, M., Gauffin, H., Baudot, C., Biosca, P., Braun, M., Dittmar, K. H., Kalogiannidis, D., McNally, S., Pruna, R., Puga, N., Sala, M., Stefanini, L., Ueblacker, P., Vanhecke, B., van Wijk, M., Van Zoest, W., Villalón Alonso, J. M., & Spreco, A. (2025). Higher level of communication between the medical staff and the performance staff is associated with a lower hamstring injury burden: a substudy on 14 teams from the UEFA Elite Club Injury Study. BMJ open sport & exercise medicine, 11(1), e002182. https://doi.org/10.1136/bmjsem-2024-002182
[7] Ekstrand, J., Van Zoest, W., & Gauffin, H. (2023). Changes in head staff members in male elite-level football teams are associated with increased hamstring injury burden for that season: the UEFA Elite Club Injury Study. BMJ open sport & exercise medicine, 9(4), e001640. https://doi.org/10.1136/bmjsem-2023-001640
[8] 公益社団法人ジャパン・プロフェッショナル・バスケットボールリーグ.「りそなグループ B.LEAGUE 2024-25 SEASON Injury Reportの公開」https://www.bleague.jp/news_detail/id=535428 (2025年8月19日配信、2025年12月28日閲覧)
[9] Faro, H., de Lima-Junior, D., & Machado, D. G. D. S. (2023). Rapid weight gain predicts fight success in mixed martial arts – evidence from 1,400 weigh-ins. European journal of sport science, 23(1), 8–17. https://doi.org/10.1080/17461391.2021.2013951
[10] Evans, C., Stull, C., Sanders, G., Ricci, A., French, D., Antonio, J., & Peacock, C. A. (2023). Weight cutting in female UFC fighters. Journal of the International Society of Sports Nutrition, 20(1), 2247384. https://doi.org/10.1080/15502783.2023.2247384
[11] ESPN.「Seven UFC 298 fighters flagged for rehydration issue」 https://www.espn.com/mma/story/_/id/39610394/seven-ufc-298-fighters-flagged-rehydration-issue (2024年2月27日配信、2025年12月28日閲覧)
[12] スポーツ観戦における心拍数の可視化については過去のコラムで触れている。髙山史徳「マラソン観戦のワクワクドキドキを高めるICT活用法」 (研究員コラム 2023-09-21)https://rp.kddi-research.jp/atelier/column/archives/763
[13] UFC.「UFC And Sports & Wellbeing Analytics Announce Collaboration To Enhance Fighter Safety In Combat Sports」https://www.ufc.com/news/ufc-and-sports-wellbeing-analytics-announce-collaboration-enhance-fighter-safety-combat-sports (2024年6月10日配信、2025年12月28日閲覧)
[14] サンケイスポーツ.「【ボクシング】「プロボクシングの発展を応援する国会議員の会」の総会開催 リング禍の再発防止に向けて協力していくことを確認」https://www.sanspo.com/article/20251211-G3FFXKORT5PCRFICIJVAUFAHFQ/?outputType=theme_fight (2025年12月11日配信、2025年12月28日閲覧)
[15] JBCプレスリリース「日本ボクシングコミッションと東京科学大学病院「医療連携および研究事業連携に関する覚書」締結」(2025/1/21)。(https://jbc.or.jp/wp_jbc/wp-content/uploads/2026/01/JBC%EF%BE%98%EF%BE%98%EF%BD%B0%EF%BD%BD260121%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E7%A7%91%E5%AD%A6%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E7%97%85%E9%99%A2%E3%81%A8%E3%81%AE%E9%80%A3%E6%90%BA%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6.pdf)