OpenAIのサム・アルトマンCEOをはじめ、AI開発の最前線で活躍する経営者や研究者らが、「今から1~5年以内に実現するだろう」と予想するAGI(汎用人工知能)。その定義は曖昧ながらも、それが別名「スーパー・インテリジェンス(超知能)」と呼ばれる強力な存在であることは前編で紹介した通りだ。
では、彼らAI専門家の予想通り、今後数年でAGIが実現すると仮定すれば、そのインパクトはどれ程になるのだろうか?
以前から「AIのゴッドファーザー」と称され、その功績から2024年にノーベル物理学賞を受賞したジェフリー・ヒントン博士ら著名研究者によれば、AGIが実現されれば政治、経済、社会、科学技術などあらゆる分野に甚大な影響を及ぼし、ひいては人類の在り方そのものを変える可能性すらあるという。
AGIの経済的なインパクト
たとえば経済分野への影響としては「労働市場の大変革」が考えられる。AGIがあらゆる知的労働を担えるようになれば、人間の雇用の大部分が置き換えられる可能性がある。その一方で新しい職種も生まれるとの見方もあるが、この点については具体性に乏しく、一体どんな職業が実際に生まれるのか現時点では漠としている。
このため、もしも人間の雇用が大幅に失われた場合、その収入を補うための、いわゆるベーシックインカムの導入など経済システムの再構築が必要になるかもしれない。
その一方で、企業活動などの生産性が飛躍的に向上することも期待されている。大学や企業がAGIを活用することで、科学研究や製品開発、特にバイオや医療などの分野で加速度的な進展が見込まれる。
既に現時点(つまりAGIが登場する前の段階)でも、その兆候は見られる。
米マサチューセッツ州ケンブリッジのスタートアップ企業Lila Sciencesは「人類が直面する難問を科学的に解決するスーパー・インテリジェンス(AGI)の実現」を目標に、今から2年前に設立された。
同社がこれまでに開発したAIは「病気を治療するための新抗体」や「空気中の二酸化炭素を吸収する新素材」などのプロトタイプを作り出すことに成功したという。従来、これらの成果を人間の研究者・技術者だけに頼ると数年単位の開発期間が必要とされたが、同社のAIを使うことで数か月まで短縮されたという。
もっとも、これらはあくまで研究ないしは試作段階の成果に過ぎないが、仮に近い将来AGIが実現したとすれば、科学研究やその製品化において飛躍的なスピードアップが期待される。これらの取り組みによって経済的には莫大な富が創出されるはずだ。
AGIが世界の勢力図を変える
その一方で、AGIは国際政治にも影響を及ぼし、国家間の力関係を大きく左右すると見られている。AGIを最初に開発した国や企業が圧倒的な優位性を確立することから、その開発競争が地政学的な対立を生む恐れがある。
すでに米国と中国という2大国の間では、その兆しが見られる。
今年の3月1日、米国エネルギー省のクリス・ライト長官は(かつて第二次大戦中に世界初の原子爆弾を開発したマンハッタン計画の一環として設立された)オークリッジ国立研究所でOpenAIのグレッグ・ブロックマン社長と共催イベントに臨んだ。
その場で、ライト長官は「我々(米国)は今、新たなマンハッタン計画を開始しようとしている。トランプ大統領のリーダーシップの下、米国は世界のAI開発競争で必ず勝利する」と宣言した[1]。
この発言における「新たなマンハッタン計画」とは、今年1月にOpenAIとソフトバンク、オラクルの3社CEOがトランプ大統領と共に発表したスターゲイト計画のことだ。この計画では、最大5,000億ドル(約75兆円)を費やして全米各地に巨大データセンターなどAI開発用のインフラを整備する。
そこではかつての原爆に代わってAGIが新たな開発目標となる。それはある意味、AGIが核兵器に匹敵するほど強力な国家安全保障の要となることを示唆する。
もっともマンハッタン計画は当時の「戦争省(現在の国防総省)」が主導し、約20億ドル(当時の米GDPの約0.4パーセント)の国費を投入して遂行されたが、今回のスターゲイト計画はOpenAIやソフトバンク、オラクルなど民間主導の巨額投資によって遂行される。それが仮に最大額の5,000億ドルとなれば、それは現在の米GDP(約30兆ドル)の約1.7パーセントに相当する。
この巨大計画が暗黙裡に想定する対立国はまず間違いなく中国だ。ライト長官のような政府関係者が、この計画を「新たなマンハッタン計画」と呼ぶのは、かつての原子爆弾やその後の冷戦を想起させると同時に中国政府の神経を逆撫でする恐れもある。
これに米国の一部関係者は眉をひそめている。かつてグーグルのCEOを務めたエリック・シュミット氏やシンクタンク「Center for AI Safety」のダン・ヘンドリック所長らは今年3月、共同でスーパー・インテリジェンス(AGI)に関するレポート[2]を発表した。
同レポートでは、近い将来実現されるAGIが一部の独裁国家やテロリスト集団などによって悪用されれば、「自立型のサイバー兵器」や「ミラーバクテリア(抗生物質の効かない新型細菌)」など様々な脅威が発生すると警告している。
その一方で「米国がAGIの開発を新マンハッタン計画と呼ぶことは、かえって(仮想敵国の)中国を刺激してAGI軍拡競争とでも呼ぶべき新冷戦を引き起こす恐れがある」とも指摘している。
差し迫った脅威の割には警戒感が乏しい
AGIはまた「ポスト・ヒューマン」の幕開けを告げるとの見方もある。現時点ではかなり大胆でSF的とも言える予想だが、たとえば人間の脳に半導体チップを埋め込むなど、いわゆる「BMI(ブレイン・マシン・インタフェース」の技術によって脳とAGIを融合させることで、超知能化した新人類が誕生する可能性があるというのだ[3]。
さらにその先には、AGIが自律的に自らを改良し、これを何度も繰り返すことで、いわゆる「知能爆発」と呼ばれる臨界点に達し、それによってAGIが人類の制御を超える「シンギュラリティ(技術的特異点)が訪れる可能性も以前から指摘されている。
このようにAGIの登場は人類史における最も劇的な変化となる可能性がある。実際、OpenAIのアルトマンCEOやアンソロピックのアモデイCEOらは、AGIの登場を「人類が地球上で最も知的な種族ではなくなる日」と表現し、これを「人類史上で最大の出来事」と位置付けている。
ただ、これほど巨大なインパクトをもたらすAGIが「今から1~5年以内に実現する」と予想されている割には、これに対する政府やメディアの反応は鈍い。
今年1月に発足した米トランプ政権は即座にAI関連規制の緩和・撤廃を命ずる大統領令を発令。前バイデン政権が2023年10月に定めた「AIの安全性評価や公平性の確保、労働市場への影響調査などを義務化する政策」を完全に覆した。
ここに見られるように、トランプ政権は近い将来誕生するAGI(スーパー・インテリジェンス)がもたらす様々な脅威を警戒するよりも、むしろ覇権を争う中国を念頭に米国がAI分野で世界をリードすることを優先している。
またEU(欧州連合)も今年2月、パリで開催した「AIアクション・サミット」において、AI開発の安全性やそのための規制などに偏りがちだった従来の政策から方向転換した。
同サミットで、欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長は、AI分野への2,000億ユーロ(30兆円以上)の投資を発表した。
この「Invest AI」と呼ばれる計画では、AIギガファクトリーの建設やスタートアップ支援を通じて、EUの技術的な優位性を確立することを目指す。これは(前出の)トランプ大統領とOpenAI、ソフトバンクなどが共同発表した総額5,000億ドル(約75兆円)の「スターゲイト計画」に対抗するものだ。
このように欧州でも米国同様、急激な発達を遂げるAIの規制や安全策よりも、そうしたAIによる経済成長と技術競争力の強化を優先している。つまり間近に迫るAGIに対する警戒感はほとんど見られないのである。
また政界だけでなく、各国のテレビや新聞など主要メディアも、差し迫ったAGIの脅威についてほとんど取り上げていない。これまでのAGIがあまりにもSF的な存在であったが故に、(本稿冒頭で紹介した)一部のAI関係者や著名研究者らが「今後1~5年以内にAGIが実現される」と予想してもにわかには信じ難いからであろう。
しかし、仮に彼らAI専門家の予測が的中し、今後数年以内にAGIが出現した場合、今のままでは私たちの社会がそれに対処・順応できない恐れがある。
私達にとって今後の課題は、AIの開発競争において各国の政府や企業がいたずらに経済的メリットや(競合国などへの)優位性を追求するのではなく、むしろAGIによる大規模な雇用破壊や自立的兵器などの脅威に備えて、それらを制御する枠組みを慎重に整えることだろう。AGIがもたらす恩恵を最大限に活かしつつ、そのリスクを最小限に抑えるための議論を、社会全体で今から開始する必要がありそうだ。
KDDI総合研究所 リサーチフェロー 小林 雅一
■関連コラム
「今から1~5年以内に実現されそうなAGI(汎用人工知能) 前編 –– その曖昧な定義と新たな労働力としての意味」(2025-04-07)
https://rp.kddi-research.jp/atelier/column/archives/5413
[1] 米エネルギー省(2025年3月1日) (https://www.energy.gov/articles/secretary-wright-leads-ai-collaboration-event-oak-ridge-national-lab)
[2] Dan Hendrycks, Eric Schmidt and Alexandr Wang, “SUPERINTELLIGENCE STRATEGY: EXPERT VERSION” (https://arxiv.org/pdf/2503.05628)
[3] Kenta Kitamura, “Assessing Human Intelligence Augmentation Strategies Using Brain Machine Interfaces and Brain Organoids in the Era of AI Advancement” (https://arxiv.org/pdf/2503.15508)