米カリフォルニア在住の元日経記者、牧野洋さんの記事で、米国最大の書店チェーン、バーンズ・アンド・ノーブル(B&N)が、自社製品のタブレット型電子リーダー(Nook)とニューヨークタイムズ(NYT)をバンドルしたキャンペーンを開始したことを知りました。

1月9日付けNYT最終面の全面広告で告知されたとのことで、その内容は、<NYTを1年間購読する契約をすればモノクロのNookシンプルタッチ(定価100ドル)がタダになります>というものです。(記事には広告の写真があります)B&Nのサイトにも詳しく載っていました。

それによると、NYTと購読契約すればNookがおまけについてくるというのではなく、B&Nのサイト上でNYT購読契約(月額20ドル)をすると、定価に見合う100ドルディスカウントが受けられるので、実質タダということになるということです。(定価199ドルのカラー版Nookを購入することも可能で、その場合も100ドルディスカウントで99ドルになる)

このキャンペーンの意味は何でしょうか。B&Nからすれば、Nookのカラー版は好調なものの、モノクロのシンプルタッチは昨年末のセールでは期待はずれだったようで、それを挽回できる機会なのかもしれません。そして高級紙NYTの読者に使ってもらえば、Nookから本の注文が来たり、Nookで展開するコンテンツも売れる可能性が高まります。

一方、NYTは、自身のプロモーション活動なしで、かなりな部数増が期待できます。いったん、電子リーダーを手にして貰えれば、将来の主役と目される電子リーダーやタブレットの便利さを周知させることにもなります。無論、一年契約で240ドルを手にするNYTは、そのうちの相当額をB&Nに支払うのは間違いないでしょう。

しかし、昨年春にオンライン課金を始め、半年で22万4千人の有料読者を獲得したNYT。今回のキャンペーンで、仮にNookがタダということに釣られて加入した人がいたとしても、電子リーダーに慣れれば、一年後に、オンラインフルアクセスが無料の紙の読者として残るか、あるいはNookのオンライン読者として残ることに自信があってのことでしょう。

このブログの前回エントリーでは、南カリフォルニア大バークマンセンターのレポート「IS AMERICA AT A DIGITAL TURNING POINT?」が「5年以内に殆どの紙の新聞はなくなる」とし、生き残るのは最大手の4紙であると断言、その4紙にNYTも含まれていることを紹介しましたが、決して紙に安住する気はないわけですね。

なお、このキャンペーンは3月9日までの限定で、そのあとはB&Nは、他の新聞や雑誌との連携を考えているようです。

ただし、この、タブレットを抱きあわせてオンライン読者を獲得する狙いで先行したPhiladelphia Inquirerとタブロイド紙Philadelphia Daily Newsの共同サイトPhilly. Comの試みは、昨年9月のスタート当時、注目を集め、このブログでもとりあげましたが、あまりうまく行っていません

長期契約をすれば、定価が220ドル以上のフランス社製タブレットArnovaを5000台限定で格安提供というキャンペーンでした。購読料金4週10ドルの2年契約の場合、99ドル、4週13ドルの1年契約なら129ドルという設定で、会社側は「1週間で完売」を見込んでいたそうです。

ところが、10月末のロサンゼルス・タイムズ(LAT)の報道によると「6週間たっても、半分程度しか売れなかった」という悲惨な結果になったそうです。そして、年末には3日間だけ、2年契約の場合50%オフの49ドルというセールまでしました。そして、今もあきらめず、新機種に変え、2年契約で89ドルまで下げて提供しています。さきのLATの記事で、CEOで発行人のGregory J. Osberg氏は、それでも「2年で黒字化する」と述べていました。あくまで新聞の未来はオンラインにあるという確信なのでしょう。

そのOsberg 氏の信念を伝える記事が、昨日のハーバード大ニーマン・ジャーナリズム研究所のサイトに掲載されました。1829年創刊と全米で3番目に古い歴史を誇るPhiladelphia Inquirerですが、2010年に倒産の憂き目にあいました。再建されましたが、同社では組織がスリム化したことで余裕が生まれた社内スペースをハイテクベンチャー3社に無料で貸しているといいます。

その3社は、携帯電話向けにクーポンをスキャンし保存する技術、有権者と候補者をより良く繋ぐ技術、シームレスなアプリ開発プラットフォームの創出、といったことを研究開発しているとか。ちなみにSnipSnap、ElectNext、CloudMineといいます。

彼らには新聞社のデータへのアクセスを許し、そこに新聞社社員も関わることが期待されており、Osberg氏は「ジャーナリストと技術オタクがまみえれば有益な相互作用が生まれる。我々は彼らを刺激し、触媒になる」と語っています。つまり、新聞社がインキュベーターになって、タブレット用、あるいはスマートフォン用の新たで斬新なアプリの誕生を助けているのですね。苦境の中にあっても、こういう前向きな姿勢が「新聞」報道の新しい姿、その未来につながることを期待したいものです。