今朝の新聞で、南極観測船「しらせ」が、例年にない厚い氷と積雪に阻まれて、昭和基地周辺に接岸を断念したという記事に目が止まりました。思ったほどの視聴率は取れなかったようですが、キムタク主演で今年、放映のテレビドラマ「南極大陸」で描かれた苦難の日々を、思わず思い起こしたからです。

テレビで描かれたように、1958年初頭、初代南極観測船「宗谷」が、同じように厚い氷に阻まれて接岸出来ず、米砕氷艦の助けで脱出する事態になったことで、第1次越冬隊員を収容するにとどまり、例のタロー、ジローなどのカラフト犬が基地に残されてしまったのでした。今を去る54年前のことです。

もちろん、物資を基地に運べなかったことで第2次越冬隊の昭和基地入りは見送りになったのですが、今回はどうなるかが気がかりでした。そこで、「南極観測のホームページ」で、「昭和基地NOW」のページを見ると、すでに新たな越冬隊(53次隊)は、1月前にヘリコプターで昭和基地入りしているんですね。今後は、大型ヘリと雪上車で燃料や食料、観測機材を急ピッチで搬入する作業に入るとか。例年にない悪条件でも、第2次隊のようなことにはならない。そこに54年の時間を感じます。

実は、今年は、南極探検で名高い英国のスコット大佐と4人の探検隊員が、南極点からの帰路に死亡してからちょうど100年なのです。彼らは1912年1月17日に南極点に到達しました。残念ながら、それを競っていたノルウェーのアムンセンはその1月前ほどに到達していて、1番乗りではありませんでしたが。

で、その帰路に、彼らはとんでもない悪天候に出会って無念の死をとげるのですが、なんで、ちょうど100年、という事実を知ったかというと、たまたま、昨日、英ガーディアン紙に載った「The South Polar Times:Captain Scott’s Newspaper Revisited」という記事が気になっていたからです。「あの南極探検家が新聞を出していた!?

検索してみるとニューヨークタイムズ(NYT)も1週間前に触れていますので、その情報も合わせてこの興味深い事実を要約してみます。

*スコット大佐は、英国海軍が長期航海をする時の伝統に従い、船内新聞を出すことにし、2度に亘る南極探検の積荷にタイプライター、上質紙、画材を加えた。新聞発行は、乗組員の娯楽と士気高揚が目的だった。

*その新聞は「South Polar Times」という。タイプライターで印字され、記事、写真、カラーのイラストやスケッチ満載で30〜50ページに及んだ。内容は南極基地での珍しい観測生活や天候記録、息を呑むような南極風景、隊員たちの似顔絵など多岐にわたる。

*発行されたのは「1部」だけという世界最少部数の「新聞」だった。2度に亘る探検(1901〜04と1910〜1912)で作られたのは計12号。新聞は乗組員、隊員たちの間で回し読みされ、大声で読み上げられた。

*その原本が大英博物館、王立地理学協会、ケンブリッジ大Scott Polar Research Instituteに所蔵されており、100年を記念して、その複製が装丁本としてFolio Societyという出版社からコレクター向けに出た。価格は495ポンド。原本は紙質が良かったので黄ばんでいない。(NYTの記事では、「South Polar Times」は「月1回発行された雑誌」と書いているので、もしかしたら、残っている12号の他にもあったのかもしれない)

*最後の号は1912年6月に出た。みんなスコット大佐とそのチームの死は、まだ確認されていなくても、食料がとっくに尽きていたいたから分かっていたが、そのことには全く触れていない。彼らの不在は<an elephant in the room>:分かっていても口に出しては言えない事実:だったのだ。

*しかし、その号に掲載された天候の記録は、発行前の数カ月の風と雪との状態がそれまで経験したことのないほど最悪だったことを示している。スコットらがいかに不運だったかを証明しているのだ。

100年を経て、今の南極はスコット大佐らが遭遇したような悪天候、悪条件にあるのかもしれません。しかし、この産経の記事だけが、物資輸送について不安があることを伝えているものの、隊員の命の心配のことはどの報道記事にも見受けられません。あらためて「100年」という時間の重みーー文明の進歩と言うか技術の進化といったーーを感じてしまいます。そして、新聞が「紙に記録を残しておく」重要さに気付かされます。ロゼッタストーンが、今も紀元前の歴史を伝えてくれているように。

紙に残さなくたって、現代の磁気媒体の記録も、新しい技術によって100年、1000年と維持できるようになるかもしれません。そう思いたい。でも、それに加えて大事なのは、指数級数的に増えている情報洪水の中で、小さな出来事が埋もれて取り出せなくなってしまうのをどう防げるのか、ということかも。技術で解決できるような問題なのかどうか、よくわかりませんが。

いずれにしても、100年後には、「昔々、インターネットっていう便利そうで不便で不完全なシステムがもてはやされたんだよ」って語られるのだろうなあ。