連日続く香港の抗議デモ。それを貶める内容を発信するアカウントやチャンネルなどを、ソーシャルメディアのTwitter、Youtube 、Facebookが次々と停止したり、削除していると報じられています

いずれも、中国本土発のものとみられ、2016年の米国大統領選にロシアが仕掛けたように、”戦場”はリアル空間から、ネット空間に大きく広がっているようです。

たまたま、その実態を生々しく描いた「『いいね!』戦争 兵器化するソーシャルメディア」を読んでいたので、その感を深くします。

そして、この本の前半に「ヒルデ・ケイト・リシアク」「オレンジ・ストリート・ニュース」という単語を発見しました。

「ウェブによって力を与えられた新たなジャーナリストが誕生」しており、彼らが「ソーシャルメディアを使って、既成メディアが報道してもカネにならないと考える地域」をカバーしている、という紹介です。

誹謗中傷、世論の分断のために、国家的なソーシャルメディアの操作がある一方で、こうしたプラスの方向もあるということです。

ヒルデさんが9歳とあって思い当たりました。3年あまり前に、このブログで「米国に9歳の大物少女記者現る!」と題して紹介した、あのヒルデさんだと。

彼女は、7歳のときに「妹誕生!」を”特報”したのを手始めに、ネットで自宅住所にちなむ「Orange Street News」(OSN)を始め、私がブログで紹介した9歳の時点では、地元の事件を中心に報道し、月一でそれをまとめた8ページの紙の新聞も有料で発行していました。

東部ペンシルベニア州にある人口5000人あまりの小さな町、セリンズグローブ(Selinsgrove)には、本社を構える地元紙がないので、しばしば、OSNは地域紙を出しぬき、NYタイムズ始め多くのメディアで注目され、全国的に知られるようになっていたのです。(その意味で「いいね戦争!」の話は3年前の情報のままってことです)

でも、私も、そのあとはカバーしていませんでした。なので、その後、どこまで成長したかが知りたくなってググって見ました。

すると、なんと、いきなり「A Final Goodbye to Selinsgrove」という”社説”に出くわしました。「最後のグッバイ」が書かれたのは7月29日。読みました。

こういうことでした。「親が東部から南部アリゾナ州のメキシコ国境に近い小さな町パタゴニア(Patagonia )に引っ越すことを決めたので、もう、セリンズグローブのことは書けない」から始まりこういう宣言をします。

「これは私の望んだことじゃないが、がっかりしてはいない。私はこの町で十分仕事をしたことを誇りに思う。そしてこの引越しを活用し成長の機会としたい。私は前を向いて進む。私の視野を広げる時だ。これまでのローカルな犯罪記事から国益に関わるより大規模な調査報道にトライする。同じことをやっていたら、記者として本当の成長はないと思う」

そして、こうも。「私はこの新しいページをめくることに興奮している。私はジャーナリズムと真実の発見に情熱を傾けているのです。読者から『クォリティペーパー』と認められるものを出すのを楽しみにしている」

これが12歳の文章の要約です。3年間で一段と成長したのを実感します。この間に、「イノベーションのジレンマ」で有名なハーバード大のクレイトン・クリステンセン教授らが始めた「Tribeca Disruotive Innovation Awards(TDIA)」を、2017年初めにOSNのマルチメディアエディターとしてビデオ関係を担当する2歳年上の姉イザベル・ローズととも受賞していました

この賞は「公共の利益のために、現状に挑戦し変革した世界の偉大な創造的破壊者を祝福する」ものとあります。それに10歳のときに12歳の姉とともに選ばれたのです。

そして、昨年2月には、ここ数年、家族で年間3ヶ月ほど過ごしていたという、今回の引越し先Patagoniaで、地元の保安官の映像を撮ったことを保安官に咎められ、「何が違法なのか」と一歩も引かなかったことから、「法執行官に楯突くな」「裁判にかけるぞ」「少年院に入れるぞ」などと脅されたこともありました。

ヒルデは、そのやり取りの一部をビデオに収め、ネットに公開したところ、保安官の非を咎める声が町役場に殺到、町長は謝罪に追い込まれました。一方で「ヒルダは言論の自由を守った」と賞賛の声が上がり、これまたワシントンポストはじめ大手メディアが取り上げるという事件があったことも知りました。

今年5月にはウェストバージニア大Reed School of Mediaの卒業式に招かれてスピーチをしました。この若さでの登壇は異例中の異例でしょう。日本で言えば小学6年生が大学4年生に祝辞を述べるなんて、日本では想像もつかない。

さらに、つい先日には、オバマ前大統領夫人のミッシェルさんに単独インタビューも行なっています。それほどの名声をこの歳で獲得してるってことでしょうね。

こうした、年齢を考えればありえない体験をヒルデは積み重ねています。まだ12歳の少女が記者としてどこまで成長するのか想像もつきません。

本人は先の”社説”で「私は18歳になるのを見据えている。そうなれば、もう誰にも翻弄されない。自分自身で決定を下せる」と書いていました。おそらく、その歳になれば、全米の大手メディアから記者のオファーが殺到することでしょう。