財務省の現役事務次官、矢野康治氏が、与野党の政策論争を「バラマキ合戦」と断じ、国家財政破綻に言及した一文を「文藝春秋」11月号に発表したことが話題になっていますが、同じ時期に米空軍最高ソフトウェア責任者にして国防総省の最高情報責任者が「上層部はやる気がなく、金も人も中国と闘うには不十分。もうやってらんない」と宣言してさっさと辞任していました。

辞任したのはニコラス・シャイラン(Nicolas Chaillan)氏。フランス生まれで、まだ37歳ですが、12歳の時にコンピューターゲームを作って、何がしかのお金を得て、15歳で最初の会社を設立、その後、次々と技術系の12もの技術系の会社を興した連続起業家です。

それがなぜ米空軍に?Technology Magazinの問いかけに「私は違いを生み出したかった」とシャイラン氏は答えたとあります。2015年のパリ連続テロ事件はじめ世界をテロが覆う時代、彼は米国土安全保障省に加わり、サイバーセキュリティのチーフアーキテクトを担います。

そこでの働きを認められて、空軍始まって以来の最高ソフトウェア責任者に就任します。2019年9月に、空軍サイトに載ったバイオグラフィーはこれ。実に華々しい経歴です。一種の天才でしょうね。そのバイオに載った写真を借用します。

ところが、9月2日、Linkedinに<It is time to say Goodbye!>という長文の投稿をして、辞任の決意を語ったというわけです。

その内容は、かなり専門的で当方には歯が立ちませんが、こういう一文があります。

「今から20年後、中国が人口面で圧倒的に米国より有利な世界では、米国とその同盟国の子供たちは競争に勝てないだろうということを、これまで以上にはっきりと実感している」

なぜそう思い詰めたのか。その辺りを、彼の辞任1週間後にFinancial Timesがインタビューに成功、もっと生々しいフレーズを引き出して記事に仕立てていました。

書き出しはこう。<米国防総省初のソフトウェア最高責任者は、米国の技術革新のペースが遅いことへの抗議と、中国が米国を追い越しのを見ていられないという理由で辞任した>

中国が米国を追い越している状況についてシャイラン氏はこう表現します。

「中国のサイバー攻撃などの脅威に米国が対応できないことで、自分の子供たちの将来が危険にさらされている」

「15年後、20年後の中国に対して我々が対抗できるチャンスはない。すでに決まっていることだ。怒るべき理由は十分ある」

そして、国防総省のサイバーセキュリティ強化に3年間、携わった経験から、中国が世界的支配に向かっているのはAI(人工知能)、ML(機械学習)、サイバー能力が進歩しているからだとします。

そしてこんな衝撃的な指摘も。

「米国のサイバー防衛力は、一部の政府機関では幼稚園レベルだ」

米国のサイバーセキュリティが中国に比して遅れている一因に「GoogleがAIに関して国防総省との協力に消極的なことや、AIの倫理をめぐる広範な議論がある」ことをあげ、対照的に中国企業は政府に協力する義務があり、倫理問題を無視して大規模投資を行なっていると述べています。

さらに、米国では、ITの経験のない軍の職員がサイバー構想に関わっていることを指摘、「我々は広汎な飛行訓練を受けていないパイロットをコックピットに乗せることはあり得ない。サイバー構想でもIT経験のない人に成功に近い結果は得られない」と官僚主義を激しく攻撃していました。

いちいちもっともな議論なんでしょう。私は財政のことはからきしですが、おそらく矢野次官の指摘ももっともなことなのでしょう。シャイラン氏は怒って辞めてしまいましたが、「最近のバラマキ合戦のような政策論を聞いていて、やむにやまれぬ大和魂か、もうじっと黙っているわけにはいかない、ここで言うべきことを言わねば卑怯であるとさえ思います」とまで啖呵を切った矢野次官には、どんな圧力にも耐えて、辞めずに主張を貫いて貰いましょう。

(なおFTの記事によるとシャイラン氏は2016年に米国に帰化している、とありました)