アカデミー賞に関して日本のメディアは、「ドライブ・マイ・カー」が国際長編映画賞を受賞したことで大騒ぎ。メインの最優秀作品賞に「CODA」が受賞したことなどどこも付け足しのような扱いです。
ましてや、短編ドキュメンタリー部門で「The Queen of Basketball」が選ばれたことなど、一部の専門サイト以外では全く報じられなかったんではないでしょうか。
私はたまたま、New York Timesの記事が目に入って知った次第ですが、この作品をNYTimesが「Op-Docs」と名付けたシリーズの一つとして制作していることを初めて知りました。作品はこれです。
そもそも「Op-Docs」とは何か。ググってみましたら「制作者の主張が色濃く反映されたドキュメンタリー映像作品」とイミダスにアメリカ新語として紹介されていました。“opinionated documentary”の短縮形だそうです。
NYTのOp-Docsのページにある説明やオスカー受賞を伝える同社のプレスリリースによると、Op-Docsは2011年から始まり、10年余りで350編の作品が作られてきたそうです。
この分野を統括しているのはAdam B. Ellick氏。ハーバード大学ケネディスクール出身で、2014年にメディアで大きな話題となったNYTのイノベーションレポートの著者グループの一人だということです。これまでに、ピュリッツァー賞やエミー賞などを受賞している辣腕のよう。
ただし、彼は社員のエグゼクティブ・プロデューサーという立場ですが、社員の記者やカメラマンを使ってドキュメンタリーを撮っているわけではありません。
今回の受賞作も、監督はカナダ出身のベン・プラウドフット氏で、共同プロデューサーにはNBAレイカーズの名センターだったシャキール・オニール氏やウォリアーズの現役ステフィン・カリー氏というプロバスケットボールのビッグネームが名を連ね、実際の映像はエンドロールにBreakwaters Studios,LLCと出ていますから、そこが撮影したのでしょう。
NYTのOp-Docsに関心が行ってしまいましたが、受賞作の「The Queen of Basketball」は、1970年代、ミシシッピ州の小さな教員養成大学に入学し、全米3連覇に導き、男子プロバスケットボールのニューオーリンズジャズにドラフト7巡目で指名されたというLucia “Lucy” Harris Stewartさんというスーパースターの独白ビデオです。長さは22分。話の合間に、彼女の活躍を告げる新聞紙面や、躍動するプレー映像が次々、紹介される構成です。
男子プロチームからのドラフト指名は、まだ女子バスケットボールがプロ化していない時代ならではの珍事ですが、それほど偉大な存在だったということです。モントリオールオリンピックでは銀メダルを獲得、女性として初のバスケットボールの殿堂入りも果たし、女子バスケットボールのプロ化への道に繋がったともされる存在なのです。
すでに結婚していたLucy(愛称)は、お金と名声が得られる男子プロの世界は選ばず、家庭を選び、4人の子供を立派に育て上げました。教員資格をとって教壇に立ち、母校の高校のコーチも務めました。ドラフトを断ったことは後悔していないと言います。そして今年1月、亡くなりました。66歳でした。オスカー受賞はまるでLucyへのはなむけのようなタイミングにも見えます。
そしてNYTimesにとっては、念願の初受賞。Op-Docs部門を所管するOpinion編集部のKathleen Kingsbury編集長は「オスカー受賞はメディアを超えたタイムズの野望とビジョンが評価された。10年以上にわたるビデオへの投資と制作現場での関係構築が今日に至った」と語ったと、先のプレスリリースにあります。
デジタル版部数の圧倒的増加だけでなく、NYTimesはメディアの枠を超えてウィングを広げているのを実感しました。繰り返しですが、こんな作品が350本もあって、映像制作のプロとの関係を深めているのですから。
コメントを残す