米国の有力政治専門サイトPoliticoが放った大特ダネを巡って米国が揺れているようです。

妊娠中絶に関し1973年に争われたRoe対Wade裁判で最高裁が下した判断は、女性の中絶権を認める歴史的なもので、半世紀にわたって維持されてきました。

ちなみに、この裁判は中絶を禁止していたテキサス州の検事Wade氏を訴えたもので、Roeは原告ですが、身元を隠すための仮名でした。米国のメディアでは、「Roe」だけで、この最高裁決定を表すことが一般的なようです。それほど有名な一件です。

Politicoの記事は、最高裁内部で「Roe」に関する裁判官の投票が行われた結果、「Roe」の判断は間違っていたとする意見が多数派を占め、それに基づき、一人の裁判官が書いた意見書の草案をスッパ抜いたものでした。

すぐに最高裁のロバーツ長官がホンモノだと認めました。6月に予定されるミシシッピ州の妊娠15週以降の中絶を違法とする法律を巡る裁判で、草案通りなら「合法」の判決が下る見通しが強まったわけです。そうなれば49年目の大転換です。

国民の関心も高く、例えばPoliticoの当該記事は、2日夜から5日までに1100万回も読まれ、同サイトが15年前にスタートして以来、最高の数字を記録したそうです。

スクープ記事の翌日の3日に行われた、当のPoliticoとMorningConsultの世論調査では、有権者の50%が「Roe」を覆すべきではないとし、草案にあるように、覆すべきだの28%を圧倒しました。(分からない、意見はないは22%)

ただし、今後の見通しについては、最高裁が「Roe」を覆しそうだが57%に達し、そんなことはないだろうと見る22%の3倍で、中絶擁護派の旗色は悪いよう。

その代わりに、「Roe」に代わって「連邦議会が中絶の権利を法制化すべきだ」との考えに賛同する人は47%、反対は29%でした。もともと中絶権に理解のある民主党支持者に限れば、賛成は63%で、共和党支持者の賛成は31%と、ここでも党派色がはっきり出ました。

また、民主党支持者の79%が、今年11月の中間選挙では、中絶を支持する候補者に投票するのが重要だとしましたが、共和党支持者では、中絶に反対する人に投票するのが重要だが60%でした。

この党派による違いに関して、Bloombergは、「最高裁が『Roe』を覆すとの見通しになって中絶権支持派が勢いづいている」として、(中間選挙では政権党が議席を減らす)歴史的傾向、インフレ、低迷するバイデン支持率で共和党有利とされてきたが、最高裁の決定で民主党を活気づける可能性が高くなった、との判断を示唆しました。

この傾向は、昨年、「妊娠6週間後の中絶禁止」としたテキサス州の新法の施行を最高裁が黙認する形になったことで、民主党支持者の関心が一挙に高まったことが、Economist/YouGovの追跡データでもくっきりと表れていました。

9月1日の施行以来、Biden=民主党支持者の中絶の問題が「とても重要だ」と捉える人の割合が急増したのです。まさに「劇的な変化」(Five Thirty Eight)でした。この現象が、6月に再現されるかもしれませんし、もう起きているかもしれません。

というのも、もし、最高裁が「Roe」を覆せば、全米のほぼ半分の州で、中絶が違法になってしまう可能性が高いのです。ガットマハー研究所(Guttmacher Institute)によるとこんな感じです。

禁止になった州の女性が中絶するのは他州に出かけるしかありません。しかし、禁止州は同じく禁止の州に囲まれている場合が多い。そのため、旅は長旅になり、日数と費用も嵩む。しかも中絶を受ける女性は、「Roe」直後の1975年は白人65%、黒人その他が31%だったものが、2015年にはそれぞれ47%と49%と拮抗するようになり、そのせいか、所得別の分布も、徐々に貧困層の割合が高くなっているとFive Thirty Eightがまとめています

 

貧困層に中絶禁止にしわ寄せが行きそうな雲行きです。しかし、今のところの救いはパンデミックでFDA(米国食品医薬品局)が、遠隔医療で投薬を許可したことが継続していることのよう。先のGuttmacher Instituteの別のレポートによると、米国の中絶は日本と違って、中絶誘発剤の服用によるものが、2020年には過半数に達していて一般化しつつあります。これなら、他州の診療所の遠隔診療で処方を受け、専門薬局から薬を郵送してもらうことで中絶が可能になります。

この薬のお値段は、昨年11月の読売新聞の記事によれば「海外では平均740円」とべらぼうに安い。そして、米国では2000年から2016年にかけ300万人以上が服用し、死亡したのはたったの19人。日本で主流の掻爬法に比べてずっと安全でもありそうです。

そこで、中絶が禁止になったテキサス州の近隣州で、この種の診療を手がけるPlanned Parenthood Clinicには患者が殺到、「800%」、つまり9倍も増えたそう。他のオンライン中絶グループのPlan CAid AccessのサイトにはPoliticoの記事が出た直後、アクセスが30倍ほどに急増しています。不安に駆られる人が多いのですね。

すかさず、テキサス州は、州を超えた自己管理による中絶薬の出荷を違法にすると定めます。知事はもちろん共和党の強硬派。

こうした流れは、最高裁が「Roe」を正式に覆せばテキサス州の法律は他州のテンプレートになり、広がりが加速するものと専門家は見ているそうで、なんとも息苦しい雰囲気です。

まあ、日本のメディアは、この「Roe」転換が、中間選挙で、民主、共和どちらに有利に働くかを見定めている段階のようですが、Bloombergの「民主党に有利」の見立てがどうなるかを見守っていきたいと思います。