ゲームきっかけで興味をもってもらう
美術館は常に新しいお客さんを招き入れたい。特に、いかにして子供たちに美術館に来てもらうかはどの美術館においても重要な課題だ。子供に親しみを感じてもらえれば、その後も生涯に渡って美術館に通ってくれる可能性がある。また子供との交流が増えれば、地域の文化教育機関としての存在価値も高められる。
子供たちに来てもらうための工夫において世界の美術館は柔軟であり積極的だ。以前紹介した、ミュージアムでの宿泊プログラムも、子供たちに美術館を身近に感じてもらうためのものであった。
今回着目したのは、子供たちが特に親しみやすいテックやゲームを活用することで美術館を楽しんでもらおうとする取り組みだ。実は、世界の美術館による人気ゲームの活用はこの1、2年で始まったものではない。今回取り上げた事例の中だけでも、早いものでは2014年の施策もある。歴史と伝統がある海外のメガミュージアムは保守的かと思いきや、次々に新しいものを試す腰の軽さがある。これは、若い人たちを巻き込むために何をすべきか常に考え実践しているからだろう。
メトロポリタン美術館とロブロックス〜アバターアイテムをゲットして作品を学ぶ
2023年8月、米メトロポリタン美術館と米大手通信会社のベライゾンは、オンラインゲーム「ロブロックス」と連動するARアートアプリ「Replica」の提供を開始した。
固有名詞がたくさん出てきてしまったので、まずはロブロックスの簡単な紹介から始めたい。ロブロックスは、仮想世界を舞台にしたオンラインゲームプラットフォームであり、7,150万人(2023年12月)[1]のデイリーアクティブユーザーを持つ世界的人気ゲームである。ユーザーは様々なオンラインゲームを基本的に無料でプレイでき、アバターによるユーザー同士の交流も可能だ。ゲームを作成する環境も整っており、開発経験がないユーザーも簡単にゲームを作成・公開できる。2023年中頃の推定では、ロブロックス上のゲームの数は4,000万超。企業の参加も盛んで、世界的なスポーツ・ファッションブランドを筆頭に200社以上が参加する。注力するのはイベント開催やアバター向けの有料アイテム販売だ。
話をメトロポリタン美術館に戻す。同館を訪れたユーザーは、アプリ「Replica」で対象作品をスキャンすることで、アバター向けのデジタルアイテムをゲットできる。例えば、ゴッホの「自画像」をスキャンすると、画中でゴッホがかぶっている麦わら帽子が、また、フランス王アンリ2世の甲冑をスキャンするとその甲冑が、デジタルアイテムとなる。
ユーザーはそれらをロブロックスに転送してアバターアイテムとして使えるのだ。対象となっている展示作品は37作品で、それらがどこにあるのかをReplicaアプリのマップを頼りに探していく。アイテムにはそのオリジナル作品に関する情報がついてくるので、探しながら作品を学べるというわけだ。
また、ロブロックス内にもバーチャルなメトロポリタン美術館が作られているので、ゲットしたアイテムを身につけて美術館に入ったり、特設のフォトブースで写真を撮ったりも可能だ。
If you love @Roblox we’ve got a whole new way for you to teach your family about art. Now you can visit the @metmuseum IRL & on Roblox! We’re transforming 5,000 years of art into Roblox virtual items & it’s all made possible by our tech. #TheMetReplica 👉 https://t.co/4WlO79gcCH pic.twitter.com/QbVz88vapd
— Verizon (@Verizon) August 8, 2023
図表2 ロブロックス内のメトロポリタン美術館
出所: ベライゾン
ナショナルギャラリーとロブロックス〜AR謎解き、バーチャルギャラリーでのコレクション
ニューヨークのメガミュージアムの次は、英ロンドンのメガミュージアムであるナショナルギャラリーだ。2022年4月、ナショナルギャラリーは同館初となるAR(拡張現実)ゲーム「The Keeper of Paintings and the Palette of Perception(絵画の番人と知覚のパレット)」をローンチした。これは、館内を探索しながら展示絵画を学ぶためのARゲームだ。行方がわからなくなった「知覚のパレット」なる架空のアイテムを探すために、ARを使いながら絵画に関する謎を解いていく。
図表3 ナショナルギャラリーが提供するARゲーム「The Keeper of Paintings and the Palette of Perception」
出所: ナショナルギャラリー
そして同じ年の7月、ナショナルギャラリーはこの世界観をロブロックス上にも広げた。ロブロックスのゲーム「The Keeper Council(番人の議会。日本語にするととてつもなくつまらなそうなゲームタイトルになってしまう)」では、ユーザーは、出される課題をクリアしながら絵画を収集して、ロブロックス内の自分のギャラリーに飾る。収集内容が評価されるとキュレーターとしてのレベルが上がっていく。
なお、これらのゲームの開発においては、アプリ開発企業やギャラリーのスタッフだけでなく、ロンドン大学の研究者、英国各地にある児童育成に関する専門アドバイザリー機関、さらには80人の子供たちに参加してもらうことで、ゲーム体験の価値向上を目指した[2]。
ロンドン博物館がマイクラ内でロンドン大火を再現
ロンドン博物館は、ナショナルギャラリーからバスと徒歩で25分の場所にある、ロンドン市が運営する博物館だ。同館は、ロンドン大火(1666年)から350年の節目を迎える2016年に、1666年当時のロンドンの街をマインクラフト(以下、マイクラ)内で構築し「Great Fire 1666」として公開した[3]。この大火は、4日間でロンドンの街の85%を焼きつくしたことで知られる。これをきっかけに、ロンドンでは木造建築物が禁止となり、ロンドンの街並みは大きく変わった。だから「Great Fire 1666」では、①災害前、②燃える4日間、③再建が進む街、の3つの街を仮想的に体験できるようになっている。
図表5 マイクラで再現されるロンドン大火前の街並み
出所:ロンドン博物館
マイクラも、ロブロックスと並び世界で人気のあるオンラインゲームだ。仮想空間内でブロックを使って建物を作ったり、サバイバルゲームをしたりと、様々な楽しみ方がある。累積販売数は3億本を超えており、現在世界で最も売れているゲームソフトである[4]。世界中の子供たちをがっちり掴んだゲームの力を借りようと、世界のミュージアムがマイクラとの提携に積極的だ。
大英博物館は10年前からマイクラを活用
マイクラとの提携が早かったのが、同じくロンドンの大英博物館だ。2014年には、マイクラ内で大英博物館を完全再現するプロジェクトを発表したことで話題になった[5]。このときは、博物館やマイクラ側がバーチャルな大英博物館を作るのではなく、ビルダーとなるユーザーを一般から募集していた点も特徴的であった。
図表6 マイクラ内で再現された大英博物館
出所: 大英博物館
それ以降、大英博物館とマイクラの提携は継続的なものになっている。同館は、学校や家庭向けのデジタルラーニングプログラムを多方面で提供しており、その一環として、週末に参加型イベントも多く開催する。2018年には、マイクラでローマンブリテン時代(ローマ帝国がブリテン島を支配していた西暦43〜410年頃)の壁や建物を作るワークショップを開催した。他のワークショップを含め、この年は通年で2,200超の家族がワークショップに参加している[6]。2024年現在も、同館所蔵作品をつかったマイクラワークショップ「Masterpieces in Minecraft」が定期的に開催されている[7]。
今回は割愛するが、他にも、英ヴィクトリア&アルバート博物館や、英テートギャラリーもマイクラを活用したイベントを過去に開催しており、美術館とマイクラのタッグはおなじみとなっている。
リアルな体験を伴うもの、参加者が作り手に回れるもの
ミュージアムによるゲーム活用をおさらいしてきた。各施策による集客数や利用度が公開されていれば、効果を比較しやすいが、あいにく非公開だ。そこで、事例の中から体験価値が高いものは何かを考察してみる。結論としては、①リアルな体験を伴うもの、②参加者が作り手に回れるもの、だと考える。
①はメトロポリタン美術館やナショナルギャラリーの事例だ。現物を体験してもらいながら、デジタルを活用している。コロナ禍で各国の都市がロックダウンした際、世界の主要美術館はオンラインミュージアムを開設したが、そこで得られる体験価値は現物鑑賞のそれには到底及ばなかった。デジタルは便利な手段だが、現物鑑賞を代替することは難しい(少なくとも現代の技術では)。ゆえに、リアルな来館と鑑賞を絡めた施策が有効となる。
②は大英博物館が好例だ。参加者が作り手に回ることによって、より深い参加型の体験になり得る。ロブロックスやマイクラのように、ユーザーが作り手になれるゲームはすっかり浸透した。美術館もこれらを利用した参加型の体験機会を用意することで、参加者のエンゲージメントを高められる。館が老朽化しているなら、バーチャルな再建や改築をみんなでやるのもいい。
国内では今回取り上げたようなゲーム活用はまだ多くは見られないが、国内の美術館が今後このような施策を試すなら、重要になるのは①、②の視点だろう。デジタルを便利な手段として使いながら、体験価値を作っていくことだ。
また視点を変えれば、美術館の特性をうまく使って体験を作り出していく試みは、他の多くのビジネスでも参考にできそうだ。
KDDI総合研究所コアリサーチャー 沖賢太郎
■関連コラム
鑑賞だけではない、ミュージアムが提供するスペシャルな体験(前編)〜美術館に泊まり、博物館で踊り明かす(2023-04-25)
https://rp.kddi-research.jp/atelier/column/archives/1332
鑑賞だけではない、ミュージアムが提供するスペシャルな体験(後編)〜美術館に泊まり、博物館で踊り明かす(2023-04-27)
https://rp.kddi-research.jp/atelier/column/archives/1360
■参考文献
[1] Roblox「Roblox Reports Fourth Quarter and Full Year 2023 Financial Results」(02/07/2024)
https://ir.roblox.com/news/news-details/2024/Roblox-Reports-Fourth-Quarter-and-Full-Year-2023-Financial-Results/default.aspx#:~:text=Average%20Daily%20Active%20Users%20(“DAUs,%25year%2Dover%2Dyear.
[2] StoryFutures「The National Gallery launch “The Keeper of Paintings and the Palette of Perception”」(April 5th 2022)
https://www.storyfutures.com/news/the-national-gallery-launch-the-keeper-of-paintings-and-the-palette-of-perception
[3] ロンドン博物館「Great Fire 1666: The Great Fire of London in Minecraft」(12 July 2016)
https://www.museumoflondon.org.uk/discover/great-fire-1666
[4] AFP通信「マインクラフト、累計販売数が3億本突破」(2023年10月17日)
https://www.afpbb.com/articles/-/3486580
[5] BBC 「British Museum to be digitally recreated in Minecraft」(23 September 2014)
https://www.bbc.com/news/technology-29281051
[6] 大英博物館 「REPORT AND ACCOUNTS FOR THE YEAR ENDED 31 MARCH 2019」
https://www.britishmuseum.org/sites/default/files/2019-11/Report-and-accounts-2018-2019.pdf
[7] 大英博物館「Masterpieces in Minecraft」
https://www.britishmuseum.org/events/masterpieces-minecraft