研究員がひも解く未来

研究員コラム

なぜ働いていると運動をしなくなるのか―そして運動を継続する要因は何か?―

なぜ働いていると運動しなくなるのか?

学生時代は運動部ならもちろん、運動部でなくても体育の授業があるので週に何度かは運動する機会があった。しかし多くの人は、働きだすと定期的に運動する機会が大きく減るのではないだろうか。実は筆者も学生時代には運動部に所属していたため運動習慣があったが、働きだしてから数年は、運動習慣がなくなってしまった。また周囲を見渡してみても、同じような傾向の人が多い印象であった。

2010年の調査になるが、労働者健康安全機構の調査結果をみると、一般的に働き始めとなる20代から30代にかけて週2日以上の運動習慣がある人が減り、30代では5.7%まで下がっている(図表1)。その後、運動習慣がある人の数は徐々に上昇し、仕事や子育てが落ち着くと考えられる60歳以上になると12.9%まで増加する[1]。この推移をみると、やはり勤務状況や家の仕事が影響していそうである。

労働者健康安全機構の調査結果より、働き始めとなる20代から30代にかけて週2日以上の運動習慣がある人が減り、30代では5.7%まで下がる。その後、運動習慣がある人の数は徐々に上昇し、仕事や子育てが落ち着くと考えられる60歳以上になると12.9%まで増加する。
図表1 年代別運動習慣週2日以上割合(%)
(出典) 労働者健康安全機構(2010)「勤労者の運動習慣の実態調査と運動習慣定着の阻害要因についての考察」をもとに筆者作成。

確かに働きだしたり、家庭を持ったりすると忙しくなる。しかし、1日30分程度の運動も難しい、という人はどれくらいいるのだろうか?前述の労働者健康安全機構の調査では、「時間外勤務が多く、現在の勤務状況では運動はできない」と回答している人は、9.3%であった。また、「家の仕事が忙しいので運動できない」と回答している人は13.4%となっている。この結果から考えると、勤務状況や家の仕事が理由で運動ができない人が多数というわけではなさそうである。この点を踏まえると、働きだすと余暇時間における運動の優先順位が低くなる、というのが正確な表現になるのではないだろうか。

筆者も同様に、仕事で忙しいことを理由に運動しない時期が続いたが、実際には1日のうち全く運動する時間がないわけではなかったのも統計データと同じである。しかし、数年前から体型と体力が大きく変化してきたことから、改めて運動をすることを考えるようになった。そこで競技としては、今までまったくやったことがなかった格闘技をはじめてみることにした。格闘技を選んだ理由としては、もともと興味があったこともあるが、続けるためにも生活圏の中に運動施設がある、ということが決め手となった。やはり参加コストは低いほうが良いだろうという考えである。ちなみに、働きながら運動を続けるためには、他にもどのような要素が重要なのだろうか?

運動を継続する要因は何か?

運動を継続する要因を探るため、先行研究を参照してみよう。江口他(2019)[2]によると、運動継続に重要な要素として、運動の楽しさや高揚感が影響を与えているとされている。さらに要素を細分化すると、運動を通して仲間を作ることや、目標を設定して達成していくことが運動を継続して行うことの要因になっていると示唆されている。運動の楽しさや運動の仲間がいることの重要さは他の研究でも指摘されている[3]

反対に、運動が嫌いというネガティブな感情は、運動に対する阻害要因になっているとされている[4]。さらに、学生を対象とした調査研究だが、運動習慣がないことによって、「運動をしない」→「(運動ができないので)運動が嫌いになる」→「さらに運動をしない」という負のスパイラルに陥る可能性も指摘されている[5]。学校の体育ではないので、あくまでも楽しめる範囲で運動すればよいし、運動の仲間を作ることそのものが、運動する楽しさにつながる可能性もありそうだ。一方、運動は健康にとって良いという認識は、運動習慣の有無に関係なく持っており、運動習慣にあまり影響を与えていないとされている[6]。運動習慣がなくとも多くの人は、運動が健康に良いものだと認識しているらしい(そして実際に適度な運動は健康に良い[7])。どうやら運動に対する意識を変えることよりも、運動そのものの楽しさを感じることや、仲間づくりといった行動のほうが重要そうである。

格闘技をはじめてみる

ということで、筆者も目標設定と仲間づくりを意識してジムに通うことにした。しかし、今でこそ競技上の目標設定をしているが、はじめたころはそもそもできないことが多すぎたため、競技における目標設定をどうすべきか悩ましかった。そこで最初は、基本的に週3回以上ジムに通うということを目標に設定した。運動に限らないが、目標設定はハードルが高すぎないほうがよいとされている[8]。競技にもよるだろうが、生活圏の通いやすいジムを選んだので、週3回というのはそれなりに達成できる目標であったし、初期の段階で行く回数を増やすことで、成長曲線の初期ならではの、着実に上達する感触が得られ、運動の楽しさを実感することもできた。さらに他の会員の人とも早めに顔なじみになり、ジム仲間のような関係が築くことができたことも結果として大きかった。

ちなみに、会員同士の会話については、競技歴や動くコツを教えてもらうといったことを話せば、内容には困らなかった(無論、他の人の迷惑にならないようにコミュニケーションすることが重要だと思われるが)。新しいことを取り組むうえで、とにかく最初期に回数を確保することは、結果的に運動の楽しさを実感できるようになり、仲間づくりにも寄与したように思う。そして新しく始めた格闘技は継続できているのかというと、5年目になった今も継続的にジム通いをしており、楽しく続けることができている。

はじめられることからはじめてみる

今回は筆者自身の例に沿って格闘技を始めたときの話をしたが、格闘技は運動強度が高く、未経験者にとっては心理的にもハードルが高い競技だと思われる。たとえば、ウォーキングであれば誰もが始めやすく[9]、アプリなど利用すればゲーム感覚で歩けるものも多い。通勤時に1駅分歩いたり、エレベーターではなく階段を使ったり、というちょっとした工夫[10]もあれば、音楽を聴きながら体を動かすこともポジティブな感情を起こすものとして効果的である[11]

これまでにない運動体験

さらに、運動に苦手意識がある場合でも、VR技術などによって従来とは異なる運動体験が可能になりつつある。例えば、両手に持ったサーベルで向かってくるアイテム(ビート)を切るBEAT SABERといったソフトは、かなりゲームに近い感覚で体を動かすことができる(図表2)。また、ICAROSのように全身を使うように設計された機器も開発されており、ハンググライダーに乗ったりスキーで山の斜面を滑り降りたりする運動体験が味わえるものも出てきている(図表3)。こうした運動機器を使って気軽に楽しく運動することがこれからの“運動”になるのかもしれない。

両手に持ったサーベルで向かってくるアイテム(ビート)を切るBEAT SABERのイメージ画像
図表2 VR機器を用いたエクササイズ体験の例(BEAT SABER)
(出典)STEAMのBEAT SABER購入画面より引用
ハンググライダーに乗ったりスキーで山の斜面を滑り降りたりする運動体験が味わえるICAROSのイメージ画像
図表3 VR機器を用いたエクササイズ体験(ハンググライダー)の例(ICAROS)
(出典)ICAROS社ホームページより引用。

KDDI総合研究所コアリサーチャー 新倉 純樹

■脚注

[1] 労働者健康安全機構(2010)「勤労者の運動習慣の実態調査と運動習慣定着の阻害要因についての考察」参照。

[2] 江口泰正、井上彰臣、太田雅規、大和浩(2019)「運動継続者に見られる継続理由の特色―労働者における運動継続への行動変容アプローチに関する研究―」『日建教誌』, 第27巻, 第3号, pp.256-270。

[3] 労働者健康安全機構(2010)前掲、大学生を対象とした研究だが中村恭子・古川理志(2004)「健康運動の継続意欲に及ぼす心理的要因の検討 ―ジョギングとエアロビックダンスの比較―」『順天堂大学スポーツ健康科学研究』, 第8号, pp.1-13参照。

[4] 河合美香、岡野五郎(2014)「運動習慣の獲得に影響する社会的要因について : 行政職員の健康政策を構築するための一考察」『日本健康医学会雑誌』,  日本健康医学会, Vol.23(2), pp.80 – 96。

[5] 古田久(2018)「運動嫌いと運動不振の関係」『日本教科教育学会誌』, 第40巻, 第4号, pp.63-69。

[6] 江口他(2019)前掲。

[7] 高山史徳(2022)「走り過ぎの貴方へ」(URL: https://rp.kddi-research.jp/atelier/column/archives/1050、2024年12月5日アクセス)では、運動と健康の関係性が複雑であることに触れられているが、少なくとも適度な運動は健康に良いとされている。また、健康以外にもスポーツの多様な効果については、佐々木勝(2021)『経済学者が語るスポーツの力』有斐閣にまとまっている。

[8] 目標を達成できなかった場合、心理的に負の感情を抱き、マイナス効果となる可能性が示唆している研究もある。高齢者を対象にした実験だが、例えば、白石卓也・千村洋(2016)「目標設定したウォーキング介入が高齢者に及ぼす心理的影響」『日農医誌』第65巻, 2号, pp.285-290参照。

[9] 冒頭で紹介した「スポーツの実施状況等に関する世論調査」によると、この1年間で行った運動・スポーツの種目について、もっとも多かった回答はウォーキングで、60.9%を占めていた(二番手のトレーニングが13.0%、次いで体操が12.4%)。

[10] 少なくとも一般的に、現代人は歩く歩数を増やすことは、健康にとって有益であるとされている。目黒巧巳・高山史徳(2022)「モバイルヘルスによって誰もが歩数を増やせるか」KDDI総合研究所R&A, 2022年4月号参照。

[11] 小川佳子(2024)『運動を楽しく続けるためのヒント~外部刺激の活用~』『帝京大学スポーツ医療研究』, 第16巻, pp.21-24参照。