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川濵昇先生に聞く(第2回)——独占禁止法から経済学との交わり
「川濵昇先生に聞く——会社法・独占禁止法・プラットフォーム規制、そして生成AIへ」と題して、Nextcom監修委員会委員長を務める追手門学院大学の川濵昇教授(経済法)へのインタビューをお届けします。第2回目の今回は、独占禁止法の研究に進んだいきさつと経済学との交わりについて伺いました。
(2026年5月28日収録。聞き手:Nextcom編集長 加藤尚徳)
シカゴ学派の全盛と助手論文——「抱き合わせ」研究
川濵先生:助手になった頃にも挫折がありました。当時はいわゆるシカゴ学派の全盛期で、経済学の勉強をして、アメリカのある種の潮流の中の議論に堪えなければ、独禁法をやる意味がないんじゃないかという気運があったんです。私がやっているのは法解釈ばかりで、ちょっと違うな、と思いました。龍田先生に相談したところ、「歴史研究がいいのではないか」ということで、助手応募の際の研究計画ではドイツ法を中心とする、ドイツ・アメリカの独禁法上の企業結合規制の制定過程に根ざした歴史研究をすることになっていました。が、勉強してすぐに分かったのが歴史研究の方がはるかに大変だということでした(笑)。そこで、軌道修正したほうがいいと思い、それだったら初めからシカゴ学派と通説との間で最も対立のある分野の独禁法の研究を、経済学もちゃんと勉強しながらやった方が――語弊がありますが――よほど論文が書きやすそうだというので、そちらの方に方針転換して勉強を始めました。
取り組んだのが「抱き合わせ」です。分野外の方にとっては面白い話ではないかもしれませんが、ある商品を買わせる時に他の商品を買わせるという行為ですね。アメリカでは、「当然違法の原則」で極めて厳格な規制がされていました。その理由は何かということが当然気になりますが、この厳格な規制どころか、規制は不要だという議論もあり、論争が最も激しいところでした。シカゴ学派的な標準的理解に乗っかるような形で現実を整理して、抱き合わせを捉えて反競争性を見ていくと、確かに極めて単純な図式で終わってしまって規制不要論が説得的に見える。しかし、そこでは、抱き合わせの特性はなくなってしまいます。一方で、シカゴ学派の暗黙の前提を外すと、価格差別の法理など諸々の関連要素から、市場支配力の形成等がなくとも消費者に対する害が生じる場合や限定された範囲ではあるが市場支配力の形成等が生じることもある。それらを一通り検討した上で論文を書きました。それが88年ですね。法と経済学について、経済学をかなり勉強した上でないと、独禁法は通用しないということを実感しました。
加藤:その「経済学を勉強しなければ」という確信には、何かきっかけがあったのでしょうか。
川濵先生:修士1年の時(1981年)に、上柳克郎先生——学士院会員にもなられた商法の大家です——のドイツ商法総則のスクーリングで、夏休み明けに、めったに雑談をされない先生が授業一コマ分の雑談をされたんです。「私は毎年論文を書くが、今年は書けなかった。なぜかというと、独禁法の勉強をしていたからだ」と始められたんです。上柳先生は手形法で極めて高名な先生ですが、独禁法の研究もされていて、しかも経済学をしっかり勉強されていたんです。ただ、勉強されていたのはいわゆるハーバード学派の経済学、産業組織論でした。先生は非常に謙虚で、慎重に発言される方でしたが、「ハーバード学派については十分に分かっているつもりだった。しかし、同じミクロ経済学の基礎に立っているはずのリチャード・A・ポズナーは、全く違うことを言っている。同じミクロ経済学の延長上にある世界なのに、ここまで違うということは、経済学をある程度本格的に勉強しないことには、独禁法に関する議論はまともにはできない。単なる思いつきにしかならない」ということをおっしゃって、そのため夏に完成を予定していた独占禁止法の論文を書けなかったことと、独禁法の研究は続けないという話をされたのです。私はその話を聞いて、ああ、これは生半可な覚悟で経済法研究はできないと感じました。先ほど「趣味で」研究会に入ったというのはその覚悟がなかったからです。それがあったので、86年に助手になった際にも、これで真剣に勝負するのは大変だぞと思いました。
加藤:その86年より前は、京都大学には経済法や独禁法の講座はなかったのでしょうか。
川濵先生:講座はないけれども、龍田先生が独占禁止法を半期、証券取引法を半期、特殊講義として講義しておられて、かなり多数の学生が受講していました。実はそのおかげで、講座ができる前から、泉水さんをはじめ独禁法の研究者を輩出していたんです。
加藤:関西の他大学では、当時どうだったのでしょうか。

川濵先生:関東には経済法の講座はかなり多いけれども、関西はちょっと遅れていて、神戸大学には古くから講座があったけれども、大阪大学、京都大学にはありませんでした。大阪市立大学(現 大阪公立大学)には講座はなかったけれども、富山康吉先生という、元々は商法研究者だった著名な先生が経済法の研究を始められて、関西の経済法をリードしておられました。その次の世代には根岸哲先生(神戸大学名誉教授)がいらっしゃいました。ところが85年に富山先生が在職のまま急逝されて、そのポストは商法にいったん戻りました。あとは甲南大学には講座があり、京都産業大学では講座はないけれども上柳先生が出講して授業をされている、という状況でした。
加藤:そういうことだったんですね。私が法学部に入った頃には、独禁法の講座と会社法の講座が別々にあって、旧来の商法と会社法を分けたり、会社法が会社法と金商法に分かれたりしていた時代だったので、むしろ独禁法はもっと古くからあるものと思っていました。
川濵先生:授業は昔からあったんです。京都大学は講座ができるのが遅かっただけで。実は、独禁法の授業自体は昭和22年からやっていたんです。大隅健一郎先生(後に最高裁判所裁判官)は、戦前からアメリカの反トラスト法の研究をなさっていて、日本で独禁法ができたときには、すぐに解説書を書かれています。当時、独禁法を教えている大学は全くなかったので、公正取引委員会の委嘱によって、京都大学で2年間ほど独禁法の講義を開講されました。
研究会の思い出——沢田先生のこと
加藤:実は、私が学部で独禁法を教わったのは沢田克己先生(新潟大学名誉教授)でして、おそらく川濵先生と同じ頃に京都大学にいらしたのではないかと思うのですが。
川濵先生:そうなんですよ。私が経済法の研究会に入ったのは、ちょうど沢田さんが京都大学にこられたときで、一緒に入ったんです。沢田さんは、ドイツのギールケに関する膨大な論文を書かれてから京大に来られて、以前から関心のあった独禁法を専攻するということで研究会に出始めた。
沢田さんはもともと新潟大学で小島康裕先生(新潟大学名誉教授)のゼミでした。小島先生ご自身は商法の先生ですが、「営業の自由」論争——これも私が学部時代から関心を持っていた論争です——との関係で経済法にも関心があって、その影響で沢田さんも経済法に関心を持ち、経済法のために京大の博士課程に編入してきたんですね。実は私は以前から、小島先生の御著書を通じて沢田さんの名前を知っていました。あの沢田さんが来たのかと。そういう出会いでもありました。それで一緒に独禁法の研究会に行くようになりました。
経済学者たちとの勉強会——ティロール『産業組織論』
川濵先生:88年に助教授になってから、経済学の勉強を本格的に始めました。特に90年からは、ジャン・ティロールの『産業組織論』の勉強会に加わりました。メンバーは、私と泉水先生、瀬領真悟先生(同志社大学)、産業組織論の新海哲哉先生(元関西学院大学)、契約理論の石黒真吾先生(大阪大学)、国際経済学の阿部顕三先生(中央大学)、残念ながら早くに亡くなられた、関西のマクロ経済学を牽引しておられた二神孝一先生。ゲーム理論等々の勉強も含めて本格的に勉強しようというのが目的でした。これはかなり継続しました。
加藤:実は昨年、同志社大学で開かれた研究会で、瀬領先生の隣の席になりまして、何のはずみか川濵先生のお話になったんです。「昔から研究会でご一緒していた」とおっしゃっていたのは、おそらくその読書会のことですね。
川濵先生:それは非常に中身の濃い研究会でした
加藤:経済学の先生方もご一緒だったんですね。
川濵先生:さっきお名前を挙げた先生方の大半は、経済学者です。その頃は日本でも「法と経済学」が一つの流れになっていた頃ですから、法と経済学の方法の問題には非常に関心を持って勉強していました。会社法の藤田友敬先生(東京大学)が留学中の話をされたときに、ティロールを熟読したとお聞きしました。産業組織論だけでなく、国際経済学・マクロ経済学、法律でも経済法だけでなく会社法の研究者が皆ティロールを読んでいるというのは、1980年代中頃からゲーム理論を使って分析することが一つの焦点になっていて、産業組織論や独禁法に限らず、現実の経済現象や広く社会現象を分析するときの共通言語になっていたということなのだろうと思います。ゲーム理論や産業組織論の枠を超えた多様な分野の研究者が同時に強い関心をもったということなのだろうと思います。
行動経済学との出会い——カーネマンとトヴェルスキー
川濵先生: 88年から経済学の勉強をかなり熱心にやっていたのと同時に、今でいう行動経済学にあたる分野も一緒に勉強していました。その頃ちょうど認知科学のブームになっていて、それらの文献を渉猟しているうちに、ダニエル・カーネマンやエイモス・トヴェルスキーのような、現代では行動経済学に分類される人々の一連の研究に出くわしたからです。それがめちゃくちゃ面白くて、熱心に読み込みました。実は、一番最初に書いた法と経済学関係の論文の中では、今で言う行動経済学の分野の研究——フレーミング効果や現状維持バイアスや保有効果(エンダウメント効果)等々——の紹介をかなり詳しく書いています。
そうすると、「お前はどっちの味方なんだ」となるんです。当時は(標準的経済学と行動経済学を)敵対的なものと捉える人が多かったんですが、私は、両者は相互補完関係にあるから、両方勉強して初めて完結する、という立場でした。現に今のデータ・プラットフォーム関係の事件では、行動経済学的なバイアスの利用がどうしても問題になってくる。両方やって初めて意味がある。ただ、私の書いた論文では、合理的選択論に対する「解毒剤」として、認知能力の限界があるからそのままでは使えない、という形で書いていましたから、相互補完ではなく対立と受け取った人も多かったかもしれません。道具としては相互補完で、使える時と使えない時がある、というのが私の立場です。
加藤:その「対立」というのは、経済学と行動経済学の対立、という理解が多かったということでしょうか。
川濵先生:合理的選択論を金科玉条とする方々にとっては、それを攻撃する異端ということになるようです。法と経済学の代表者ポズナーは行動経済学に極めて批判的でした。シカゴ学派の有力な論者だったロバート・ボーク(独禁法・憲法の著名な専門家で、レーガン大統領に連邦最高裁裁判官候補に指名されるも上院で大差で否決された)は、合理的選択論を用いれば、裁判官は前提から幾何学のように推論できるのだとさえ述べていました。しかし、経験科学では、そんな二者択一を最初からする必要はありません。両方の可能性を受け入れて初めて、リーガル・サイエンスとしての経済学の利用が考えられるはずです。もう一つ考えるべき問題は、法と経済学で、経済学的に根拠のある政策提言が可能であっても、法実務でそれをそのまま採用すると困難に直面します。例えば法を解釈して具体的規範を導出する場面で経済学の知見を使う場合には、どの知見を使うべきかの判断プロセスがどうしても必要になります。しかも多くの場合、それを裁判所が扱うことになります。知見が二分されているとなったら、そのときの適切な使い方はどうなのか、ということも考慮に入れないといけない。「経済学の利用」と言うときに、どのレベルで、どういった使い方をするのかを考えないといけない。そういうことをいろいろと研究しました。
(次回に続く)

川濵 昇(かわはま のぼる)
1981年 京都大学法学部卒業
1986年 同法学研究科退学、同助手
1988年 京都大学法学部助教授
1995年 京都大学大学院法学研究科教授
2023年 京都大学名誉教授
2023年 追手門学院大学法学部教授
<主な学会活動>
日本経済法学会理事(1999年から、2017年から2023年まで理事長)
日本国際経済法学会理事(2012年から)
日本消費者法学会理事(2019年から)等
<主な社会活動>
経済産業研究所ファカルティフェロー(2006年から)
総務省情報通信行政・郵政行政審議会会員(2013年から2023年まで、2021年から2023年まで会長)
公正取引委員会独占禁止懇話会会員(2010年から2015年まで)等