Nextcom⁺
川濵昇先生に聞く(第5回)——生成AIのインパクト①
「川濵昇先生に聞く——会社法・独占禁止法・プラットフォーム規制、そして生成AIへ」と題して、Nextcom監修委員会委員長を務める追手門学院大学の川濵昇教授(経済法)へのインタビューをお届けします。第5回目の今回は、生成AIのインパクトについて伺いました。
(2026年5月28日収録。聞き手:Nextcom編集長 加藤尚徳)
第五世代コンピュータとAI
川濵先生:今までの話は、基本的に、ICT・情報通信との関わりという軸でお話ししてきました。その中でやはりデジタル・プラットフォームなどビッグテックの問題が重要な課題であることは明らかです。プラットフォームやAI関係の話も、多くの方が関心を持っているテーマであり、私も同じく関心を持っています。
AIの問題というのは、先ほど申し上げた、1988年頃に認知科学に関心を持った頃の話とつながります。当時は第五世代コンピュータの頃で、認知科学を背景に人工知能の話題が世間を賑わせていました。私は、その動向が法律学や法実務にどのような含意を持つのかが気になり、興味をもっていました。認知科学の動向は確かに法的思考を理解する上で有用に感じましたが、人工知能を巡る哲学的議論や人間とのインターフェイスに関する多岐にわたる議論の多くは、その当時はまだ顕在化されてない問題であり、抽象的な議論の段階だという印象でした。まさに、あの当時抽象的な問題として議論していたものが顕在化しているように思います。
ところで、私は大学に入学したとき、数学基礎論・数理論理学に強い関心をもっていましたが、その実際上の有用性には関心はなく、関係ないものと思いこんでいました。ところが、認知科学に関心をもった1988年頃から岩波講座の情報科学や、その他の人工知能と論理に関する書籍を読んでいると、数理論理学で関心をもっていたことが、自動推論などで応用されているのを知りました。それらが、コンピュータ・サイエンスとつながっていたことを、その頃ようやく知ったんです。もちろん、ノイマン型コンピュータとゲーデル数化の類似は、すでに紀華彦『計算機科学の発想』(日本評論社 1981)を読んで知ってはいましたが、そんな抽象的なレベルではなかった。まあ、そんなことにその時まで気がつかない方がどうかしていますし、やはり、自分にはセンスがなかったことを痛感しました。
加藤:当時のAIは、どのようなアプローチだったのでしょうか。
川濵先生:当時、法学関係ではエキスパートシステムの構築とそこでの論理的推論が話題になっていました。ところで、そのブームの終わり頃に非常に印象的なことがありました。1993年、情報工学の長尾眞先生(京都大学)と民法学の北川善太郎先生(京都大学)が、科研費申請を視野に入れて、「情報と法研究会」という研究会を立ち上げられたんです。法学系では、北川先生のお弟子さんの山本敬三先生が積極的に関与され、田中成明先生や山本克己先生も参加されていました。立ち上げの最初の研究会で、長尾先生が機械翻訳を例に法学系参加者に衝撃的な話をされました。何分にも古い話の上、素人による要約なので不正確な点も多いかもしれませんが、だいたいこんな話でした。「形式的な言語理論から翻訳を進める方式よりも、巨大なコーパスを作って、その中の単語の用例等から、類似性の測度を用いて推測を行い、成果を出していく方が、はるかに実用的な精度の高いものが生まれる」、それが法的推論の問題を考えるにあたっても参考になるのではないかという示唆を与えられたのです。これは法学系の参加者にそれぞれ強い印象を与えました。私には、法的推論における、ルールベース・演繹型か事例ベースの判断かという問題に対応し、実用レベルでの後者の優位性を伝えるように思われました。それとともに、コンピュータの推論は、その当時はやりのエキスパートシステムを含めて前者のタイプと思っていたのに、アプローチの大きな変化があるということを強く印象づけられました。今にして思えば、これは現在のAIの世界を予見させる話でした。日本のAI研究のトップの方が、あの時点で方向性を見抜いておられたんだな、ということを、今になって思います。残念ながら、その研究会は科研費申請が通らなかったこともあって解散しました。その時期に、法的推論のエキスパートシステムをめざす法学系の大型科研プロジェクトが開始されており、そちらとコンフリクトしたなあという印象でした。
実は話を聞くときの伏線がありましてね。私の親友で、長年大阪大学で教鞭をとられた三藤博さんは理論言語学を専攻していて、その当時に長尾先生が理論言語学者と行っていた研究会(「対話研究会」)に参加していたんです。彼から、「長尾先生は、言語理論型のアプローチもいいが、工学的な応用を考えていくならば、理論によるよりも、巨大なコーパスを用いた力業のような方式が有効であり、結果として精度の高いものができる、とおっしゃっていた」という話を聞いたことがあったんです。情報と法研究会でショックを受けた後で、彼とその話題で盛り上がりながら、我々デカルト派にとっては意気阻喪させることでもあるなという話になりました。その後の展開を見て、やはり長尾先生の見通しはすごかったという話になっています。
加藤:以前、同じ時期の別のプロジェクトに参画されていた先生方のお話を伺ったことがあります。東京工業大学の新田克己先生のお話で、第五世代コンピュータのプロジェクトで何をやっていたか、そのとき開発されたPrologなどの言語の話などでした。その中で、佐藤健先生(情報・システム研究機構)のお名前も出てくるのですが、ちょうど先生とほぼ同世代だったのだと、今気がつきました。その世代の研究者の先生方が、東西でさまざまにご研究をされていたのですね。

生成AIの破壊力——「SaaSの死」と研究の変容
川濵先生:SaaSの市場が、こんなふうになるとは思っていませんでした。3年ほど前に、クラウドの競争調査などで、SaaSとクラウドの連携での支配力の集中の問題はどうなのか、という議論をしていたはずなのに、今となってみると、その市場自身が解体の危機に瀕している。
加藤:そうですね。今、一部のメディアでは「SaaSの死」などと言われたりして、SaaSというもの自体がなくなるんじゃないか、ということも言われています。そういう意味では、先生がご覧になっている分野への生成AIの影響というのも、あるのでしょうか。
川濵先生:私の研究に、生成AIは直接にはあまり関わってこないのですが、生成AIの破壊力というか持続的な創造的破壊は端倪すべからざるものと思います。ChatGPTが出たときにもみんな驚いたけれども、Open AIから分かれたAnthropicが、今度はコードの部分で生成AIを強力に活用して、さらにその性能がたった1年で飛躍的に上がっています。ChatGPTが出たときの驚きが、これほどの高速度で発展するというのは、想像できませんでした。初期の段階でも、例えば統計分析をするときに一定の指示をすると、ちゃんとプログラムを組んでくれる、ということで皆が非常にびっくりしました。「これから状況が変わるな」と思っていたら、次から次へ、多数の領域で大きな変化をもたらし、それが連鎖してゆく。この連鎖反応が、これからどうなっていくんだろうな、と。
加藤:研究のやり方についても、最近、同世代の研究者と議論すると、これからは生成AIを効率的に使わないと、研究で勝負にならなくなってしまうのではないか、という話をしています。どう効率的に使うのか、あるいはどこまで使っていいのか、というのは、頻繁に議論しています。
川濵先生:確かに文科系の研究者でも——いや、文科系こそ特にそうかもしれないけれども——文化系の特徴であるテキスト理解を中心とする作業では、生成AIが無視できないのは当然ですが、当初はそれほど深刻に受け止めていた研究者は少なかったと思います。しかし、将来的には、それも遠くない将来において、よほど創造性の高い研究でないと、生成AIに置き換えられていく時代がくるように思います。生成AIを活用してより創造的な知的作業を見いだしてゆくということになるのではないでしょうか。それでも生き残るような研究というのが、今後の研究になるんだろうと思います。生成AIを道具として独自の意義をもつことを意識して研究を進めることで、既存の研究とは全く異なった創造的なものになってくるかもしれません。繰り返しますが、生成AIに置き換えられるようなものは、やっぱり研究ではない「作業」になっていくんだろうなと思っています。
加藤:生成AIが勝手に研究をしてくれるわけではないので、しっかりとした前提知識と、ディレクションを出せる知見、方向性を持っているかどうかが、研究者に問われてくると思います。先生のおっしゃる中には、いろんなタイプの研究者の方がいて、その中で置き換わってしまう研究手法もある、ということなのかなと理解したのですが、そういった理解でよろしいでしょうか。
川濵先生:一番分かりやすい例で言うと、例えば、海外の古典のフルテキストがデータ化された段階で、古典的な、用例を収集・集積して分析するという研究は、昔はカードを作って大変だったものが、瞬時に行われるようになりました。かなり前から、そういった研究のスタイルは変わりました。デジタル化にあたってテキストクリティックの学問的意義などは損なわれませんが、従来の研究のかなりの部分は単なる作業となり、それに基づいて次のステップに行く必要があったのだろうと思います。まだ研究者に残されている領域のどこまでAIに侵食されるかは予断を許さないと思います。今のところ、AIによって研究が効率化される恩恵の方が大きいとは思いますが・・。
加藤:先生が今日お話しくださった中でも、先生の取り組まれてきた研究というのは、当時における既存の研究領域を、先生のインスピレーションでブリッジされた、というイメージを私は持ちました。そういうものは、少なくとも今の段階では、生成AIには出せないのではないか。それが、今後の研究者に求められる要件の一つなのかなと思ったのですが、いかがでしょうか。
川濵先生:私の研究がそういう形になっているかどうかは、まったく自信がありませんが、これから模索すべき事柄としか言えません。生成AIがどこまで何をするかということは、現時点では見極めがつかないので、とにかく使ってみないといけないと思います。使ってみて、いろいろやってみて、ダメなところを見ていく、ということになるような気がします。
(次回に続く)

川濵 昇(かわはま のぼる)
1981年 京都大学法学部卒業
1986年 同法学研究科退学、同助手
1988年 京都大学法学部助教授
1995年 京都大学大学院法学研究科教授
2023年 京都大学名誉教授
2023年 追手門学院大学法学部教授
<主な学会活動>
日本経済法学会理事(1999年から、2017年から2023年まで理事長)
日本国際経済法学会理事(2012年から)
日本消費者法学会理事(2019年から)等
<主な社会活動>
経済産業研究所ファカルティフェロー(2006年から)
総務省情報通信行政・郵政行政審議会会員(2013年から2023年まで、2021年から2023年まで会長)
公正取引委員会独占禁止懇話会会員(2010年から2015年まで)等