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わたしはルーシー:恐竜と猿人と本人確認と(第1回) 恐竜界の大スター「ティラノサウルス・レックス(T-Rex)」の来歴

執筆者: 山本 雄次
カテゴリ: コラム・論説
発行日: 2026/10/20

プロローグ

今から約50年前、アフリカ大陸のエチオピアでわたしは発見されました。わたしが生きた時代は300万年以上も前、幸いにも化石となって時を超えて発見されたのですが、わたしを見つけた古人類学者に「ルーシー」という名前をつけてもらったのです。

だからわたしはルーシー。

みなさんの遠い祖先として、長い眠りから目覚めました。とはいえ、アファール猿人のわたしは、同じエチオピア出身のラミダス猿人「アルディ」とも違うし、より現代人に近いジャワ原人や北京原人とも違うのですが、この違いは分類学上の違いであって個人の識別ではありません。お墓だったらルーシーの墓とか、アルディの墓とかのように個人の名前で区別しますが、わたしたち「化石」の違い(区別・識別)は、本当の意味でのアイデンティティーではなくて、分類学でいう属や種のレベルでの識別が論点になります。

このコラムでは、「アイデンティファイできる(identifiable)」をキーワードに、3回シリーズで太古の昔から近未来まで旅してみようと思います。
 第1回:恐竜界の大スター「ティラノサウルス・レックス(T-Rex)」の来歴
 第2回:21世紀を生きるホモ・サピエンスの本人確認
 第3回:アパトサウルスに聞く、近未来のアイデンティティー

■恐竜時代

初回の今回は、恐竜時代に行きましょう。

今から7,000万年くらい前、白亜紀後期と呼ばれる時代にこの地球上を闊歩していた最大の肉食恐竜「ティラノサウルス」は、現代の子供たちの人気者ですが、「ティラノサウルス・レックス(Tyrannosaurus rex)」或いは略称の「T-Rex」という呼び方も、よく耳にします。この「レックス(rex)」って、何でしょう?今ここで、少しだけ分類学をおさらいしておきます。小難しいことは「パス」したい方は遠慮せず次の節に進んでください。

■動物を見分けるとは(種の特定)

見分けがつきますか? どちらかがトラ、どちらかがライオンです。
       (写真はいずれも日本大学「骨の博物館」にて筆者撮影)
AB
図 Aの全身骨格の写真
(全身骨格)
図 Bの全身骨格の写真
(全身骨格)
図 Aの頭骨の写真
(頭骨)
図 Bの頭骨の写真
(頭骨)

「トラとライオンの区別はつきますか?」と聞かれたら、「当たり前だ!」と思うでしょう。しかし、化石のように骨(全身骨格)だけで見分けるのは至難の業。それもそのはず、トラもライオンも分類学上同じ「属」に分類されています。

この「属」とは何でしょうか?

「トラ/Tiger」や「ライオン/Lion」など、一般名称は国(≒言語)によって呼称が変わるので、正式名称としては世界共通の学術用語、分類学上の「学名」が拠りどころになります。「トラ」の学名は、「パンテラ・ティグリス(Panthera tigris)」「ライオン」の学名は、「パンテラ・レオ(Panthera leo)」。この「○○・●●」の前半(パンテラ/Panthera)は「属名」、後半(ティグリス/tigris)は「種小名(しゅしょうめい)」。

分類学者リンネが属・種の二名法の基礎を作り、現在までに体系化された分類階級は、「界・門・綱・目・科・属・種」の7階層。大雑把に「哺乳類」「爬虫類」などと言うのは、「哺乳綱」「爬虫綱」の「綱」レベル。トラと人間(ヒト)は、同じ哺乳類(哺乳綱)でも、それぞれ、「目」レベルでは食肉目と霊長目。

トラは、「ネコ科(Felidae)」の「ヒョウ属(Panthera)」の「トラ(tigris)種」
ライオンは「ネコ科(Felidae)」の「ヒョウ属(Panthera)」の「ライオン(leo)種」

ちなみに、ペットとして愛されるネコは、大型肉食獣であるトラやライオンと同じネコ科であっても、別属(ネコ属)。ネコの学名は、「フェリス・シルヴェストリス・カトゥス(Felis silvestris catus)」。ヒョウ属のライオンとトラを兄弟に喩えれば、「属」レベルで異なるネコは親が異なる「いとこ」みたいなイメージでしょうか。

わたしたちは、普段、動物のシルエットに加えて、羽毛、皮膚の模様で生物の種類を見分けますが、百獣の王ライオンのオスには「たてがみ」があるけれどメスには無いこと、トラには縞模様があること、クジャクには極彩色の羽が生えていること、ゾウには長い鼻があって手のように器用に動かせること、などは、骨だけ眺めても想像ができません。

上の写真の答えは、A:トラ、B:ライオン です。

では、化石だけが頼りの恐竜の分類とはどのような世界なのでしょうか。

■恐竜時代(つづき)

「レックス」の話に戻りましょう。そう、「ティラノサウルス」は属名、「レックス」は種小名を表します。「トラ」や「ライオン」は、「種」レベルの違いであるのに対して、「ティラノサウルス」や「ステゴサウルス」のような、○○サウルスは、その上位分類である「属」レベルの違い。「○○サウルス」と呼んでいるのは、「トラ」「ライオン」ではなく、「ヒョウ属(Panthera)」と呼んでいるようなもの。「ヒョウ属(Panthera)」の配下に、「トラ(tigris)」や「ライオン(leo)」など複数の種があるように、「○○サウルス」の配下にも、複数の種があります。

背中の板状の突起が特徴的な「ステゴサウルス(属)」の場合、背中や尻尾のスパイクの数・形状の違いにより「ステゴサウルス・ステノプス」、「ステゴサウルス・ウングラトゥス」、「ステゴサウルス・スルカトゥス」に分かれます。

ステゴサウルス・ステノプスの全身骨格写真
ステゴサウルス・ステノプス
(出典:ロンドン自然史博物館)
a ステゴサウルス・ステノプス  b ステゴサウルス・ウングラトゥス
a ステゴサウルス・ステノプス
b ステゴサウルス・ウングラトゥス
 (出典:Peter M. Galton 「Species of plated dinosaur Stegosaurus (Morrison Formation, Late Jurassic) of western USA: new type species designation needed」)

では、ティラノサウルスにも、トラやライオンのような複数の種、つまり「レックス(rex)」以外の別種がいるのでしょうか?

まだまだ未知の領域が多く常に定説が覆る恐竜研究の世界ではいろいろな議論がありますが、”今のところ”ティラノサウルスは、「1属1種、レックス種のみ」との整理が主流。恐竜に詳しい方は、アジア産の「タルボサウルス」や、ティラノサウルスと同じ北米産の「ダスプレトサウルス」「ゴルゴサウルス」「アルバートサウルス」は、同じ「属」の別種ではないか?と思うでしょう。どれも見た目は似ているのですが、少なくとも現時点で「○○サウルス」と別の名前があるということは、別の「属」に分類されていることになります。

<参考>
・ティラノサウルス・レックス(Tyrannosaurus rex):ティラノサウルス属 レックス種
・タルボサウルス・バタール(Tarbosaurus bataar): タルボサウルス属 バタール種
・ダスプレトサウルス・トロスス(Daspletosaurus torosus):ダスプレトサウルス属 トロスス種
・ゴルゴサウルス・リブラトゥス(Gorgosaurus libratus):ゴルゴサウルス属 リブラトゥス種
・アルバートサウルス・サルコファグス(Albertosaurus sarcophagus):アルバートサウルス属 サルコファグス種

T-Rex全身骨格の写真
ティラノサウルス・レックス全身骨格
(国立科学博物館にて筆者撮影)

なお、レックス(rex)はラテン語で「王」の意味。

つまり「ティラノ(暴君)サウルス(トカゲ)・レックス(王)」は「暴君トカゲの王」という強そうで威厳のある名前なのです。

■「ティラノサウルスの名前が消える!?」

この写真の撮影者が子供の頃(昭和時代)の図鑑で「ブロントサウルス」と呼ばれた、巨体で首と尻尾が長い四つ足の恐竜は、今は「アパトサウルス」と呼ばれていますが、このような名前の変更(再分類)は恐竜の世界では珍しいことではありません。もしもタルボサウルスが、ティラノサウルスと同属の別種(つまり、Tyrannosaurus bataar)であると学会で認められれば、タルボサウルスの名前は無効とされ、ティラノサウルス・レックス/ティラノサウルス・バタール、と呼び分けることに。

ところが・・。実は、恐竜界のスーパースター「ティラノサウルス」の名前が無効とされ、他の名前に置き換えられても不思議ではなかったことは、あまり知られていません。

恐竜研究の黎明期(19世紀後半から20世紀初頭)に化石発掘競争が激化し、様々な化石が「新属・新種」として学会に発表されました。巨大な肉食恐竜の化石の「断片」が別々の場所から次々に発掘されると、

 「マノスポンディルス・ギガス」(1892年に命名)
 「ティラノサウルス・レックス」(1905年に命名)
 「ディナモサウルス・インペリオスス」(1905年に命名)

と、それぞれ別属の恐竜として命名されました。しかし、その後の研究が進み(=発掘される化石の量や種類も豊富になり)、別属の恐竜と思われていた上記3属の化石が、全て「ティラノサウルス・レックス」であると判明。では、別々の学名として発表されたもののうち、どれを正統な学名(保存名)として残すべきなのでしょう。

これを定める世界のルールが「国際動物命名規約」で、基本的には一番早く発表された学名を残す、というもの(先取権の原則)。この規約に従うと、「ティラノサウル・レックス」は、最も早く発表されていた「マノスポンディルス・ギガス」になってしまう・・。とはいえ、「マノスポンディルス・ギガス」の化石として現在確認されているのは、背骨の骨に当たる「椎骨」たった1つのみなので、

「断片的な椎骨を以て、正式な学名の根拠となる標本(「模式標本」)として良いのか?」
「さすがに、世界中に知れ渡っている「ティラノサウルス」を消してしまうのは如何なものか?」

など、様々な議論もあったところ、関連規定の改正を含めた紆余曲折[1]があり、「ティラノサウルス」は今日まで無事(結果的)に名前が残っています。子供たちの「T-Rex、かっこいいね!」が、「マノスポンディルス・ギガス、かっこいいね!(言いにくいので「マノ・ギガ」とか?)」に取って代わられることもなく、胸をなでおろしている恐竜ファンも多いでしょう。

化石はたいていの場合は、歯だけ、大腿骨だけ、椎骨だけとか、体の一部のみ発見されることの方が多く、全身骨格そっくりそのまま発掘されることは極めて稀です。珍しい化石が発見されたら、既存の標本でまだ見つかっていない部位なのか、未知の(新属・新種の)化石なのか、「種の特定(identification)」から始まります。

ちなみに、わたし、「ルーシー」ことアファール猿人は、学名「アウストラロピテクス・アファレンシス」と呼ばれています。現代人のみなさん「ホモ・サピエンス」の祖先ですが、属名も異なります。なお、みなさんと同じ属(ホモ属)の別種としては、ジャワ原人や北京原人を含む「ホモ・エレクトス」やネアンデルタール人「ホモ・ネアンデルターレンシス」などがいます。いずれも絶滅種とされていますが、現代人は絶滅したネアンデルタール人と交配していたとの説も有力です。現代のゴリラやサル、オランウータンやチンパンジーは、それぞれが「別属」です。

さて、次回は現代のアイデンティティーを旅しましょう。

ルーシーの写真
アウストラロピテクス・アファレンシス(ルーシー) 全身と頭部
(どちらも国立科学博物館にて筆者撮影)

【執筆者プロフィール】
⼭本 雄次 KDDI 株式会社 シニアディレクター 渉外・広報副本部⻑ 兼 渉外統括部⻑
早稲⽥⼤学政治経済学部経済学科卒
1990 年 国際電信電話株式会社 ⼊社
2001 年 KDDI 株式会社(合併に伴う社名変更)
2020 年 渉外統括部⻑、2023 年より現職

執筆者、山本雄次さんの写真

[1] このあたりの紆余曲折については、以下を参照しています。
WOMA「マノスポンディルス伝説の真相」(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=25384776)