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わたしはルーシー:恐竜と猿人と本人確認と (第2回) 21世紀を生きるホモ・サピエンスの本人確認
第2回目は、わたし(アファール猿人)の時代を飛び越えて現代のアイデンティティーです。21世紀を生きるホモ・サピエンスにとっては、「自分が何者か?」は、自己識別だけでなく、主体性や社会的承認の面からも現代社会を生きていくうえで必要と言われているようですね。300万年前に生まれてよかった!
さて、今のようなデジタル社会になる前の自己識別の代表格はハンコやサインです。思えば呑気な時代ですね。スマホ時代の現代は「本人確認してログイン」これがスタンダードです。今回は、その「本人確認」について見ていきましょう。
■詐欺と本人確認
「オレオレ詐欺」や「ロマンス詐欺」、「警察を名乗る詐欺」、「フィッシングメールを通じたID・パスワードの窃取」など、様々な手法による詐欺行為に巻き込まれ、金銭的・経済的損失を訴える被害者が後を絶ちません。深刻な社会課題として、政府の「犯罪対策閣僚会議」の旗振りの下、関係省庁や産業界が連携して「詐欺被害拡大の防止」に取り組んでいます。
こうした犯罪(特殊詐欺)の犯人側のツールとして携帯電話が不正に利用されることが多いため、不正契約を防止するよう、携帯電話の契約時に「本人確認」を徹底することが法律で求められています。
その名も「携帯電話不正利用防止法[1]」。闇バイトなどの犯罪に携帯電話が悪用されるのを防ぐため、携帯電話の契約時の本人確認の徹底や無断譲渡の禁止を定めた法律です。
携帯電話不正利用防止法により、契約の際、申込者はマイナンバーカードや運転免許証など、本人確認書類の提出を求められます。では、「本人確認」或いは「本人の特定」とは、何をもって行うのか。法人契約と個人契約では多少の違い[2]はありますが、個人契約では「氏名・住所・生年月日」が「本人特定事項」(アイデンティファイできる(identifiable)要素)となります。

本人確認書類は「顔写真」付きであることが基本となります。免許証やマイナンバーカードがこれに当たりますね。2020年以降発行されたパスポートは住所の記載がありませんが、納税証明書や公共料金の領収書などの「補完(補助)書類」により、最新の住居を確認することで、本人確認を行うことも可能です。このように携帯電話の利用者が本人であることが担保されているため、ネットバンキングのようなインターネット上のサービスや、バーコード決済のようなアプリを使ったサービスの認証にもスマートフォンを使うことができるのです。
犯罪に手を染める者が、不正利用を目的に携帯電話の契約をする場合、「身元」を特定されないよう、第三者への「なりすまし」を行うことが考えられます。その手法の一つが「本人確認書類」の偽造。第三者の免許証などの顔写真を偽造し、その当人の知らないところで本人を名乗る・・。
ショップなどの対面販売では、不自然な偽造を見破ることもできそうですが、特にオンライン契約での画像判断では、顔写真のすり替え等「なりすまし」を完全に見抜くことにも限界があります。このため、法改正によって、令和9年4月以降は、対面での本人確認は偽造が難しいとされるマイナンバーカードなどのICチップに記録された本人特定事項の読み取りで行うことを原則とするなど、
より厳格化されることになりました(非対面のオンライン契約の場合は、令和8年4月1日より、既にICチップの読み取りが原則必須化)。また、従来は音声通話による詐欺が中心であったため、音声SIM(回線)が本人確認義務の対象でしたが、近年、SMSを通じた闇バイト被害の急増などを背景に、不正利用のリスクが高いSMS機能付きデータ通信専用SIMを本人確認義務の対象に加えることになりました。

■「住所」と「本籍地」
オンラインで携帯電話を契約する場合には、契約者の住居に携帯電話端末等を、書留郵便等による転送不要郵便物等で、物理的に送付する方法も活用されます。提出された書類の住所に実際に居住しているかを確認し、その住所に住んでいる本人に確実に受け取らせることで、名義の不正利用や架空契約、不正契約を防ぎます。
その点では、「実際に居住していること」が大事。「本籍」となると、実際にはその場に居住していない可能性があります。有名な話として、戸籍法では日本国内で地番が存在する場所ならどこでも本籍地にできるため、実際に住んでいなくても「私の本籍地は東京タワー。」「私の本籍地は大阪城。」と届け出ることも可能です。つまり「本籍地」は、本人性を特定するには向かない。本人性を見極めるには「実際に住んでいる場所(=住所・住居)」を確認することが大事です。
■AI時代の本人確認
法改正により本人確認の厳格化は進んでいますが、AIが日常生活の中でも本格的に普及段階に入っている現在、新たな課題も現実味を帯びてきました。「AIエージェント」或いは「エージェンティック AI」として、AIがわたしたちの行動(例えば、オンラインショッピングなど)を代理するにあたり、自律的に判断するようになった場合、AIによる取引や購買行動が本当に正しい権限の範囲内で行われているのか、そのAIは「なりすまし」ではないのか、といった、AIエージェント自体の“本人確認(身元確認)”が問われるようになります。今後、AIの信頼性や真正性を巡り、様々な技術的措置やサービスが検討されることになるでしょう。
「本人確認」から少し脱線して、前回の「恐竜時代」とのクロスオーバーなトピックスを紹介しましょう。
■土地(不動産)取引と詐欺
第三者への「なりすまし」は詐欺行為の常套手段です。数年前に話題になったネット配信ドラマ『地面師たち』でも、顔写真のすり替え等、本人確認書類の偽造により巧妙に土地の所有者になりすまし、個人の資産家だけでなく大手不動産会社までもが詐欺の被害に遭う様子が描かれています。土地といっても「都心の一等地」のような資産価値の高い土地もあれば、原野や砂漠のような、人が住まない(住めない)土地もありますが、犯罪や争いが絡むのはやはり資産価値の高い土地。ところが、人が住まない砂漠に眠っていた「ティラノサウルス・レックス」の化石が、所有権を巡るトラブルに巻き込まれ、裁判沙汰になったという、恐竜の世界で有名な逸話があります。1990年に米国サウスダコタ州で発掘されたティラノサウルス・レックスの化石は、発見者スーザン・ヘンドリクソンの名前から「スー」と呼ばれた全身の約90%に及ぶ見事な化石。土地の資産価値は低くても、発掘されたものが極めて貴重な(=資産価値の高い)化石であるが故に、発掘を行った研究機関(ブラックヒルズ研究所)は化石の帰属について土地の所有者から「騙し取られた」と訴えられ、争いになりました。FBIや州兵(軍)が出動して発掘された化石を押収するなど、メディア・学会、連邦政府、地元先住民まで巻き込んだ法廷闘争に発展、土地所有者側の弁護人より「化石は不動産である」(?)といった主張も展開されるなど世間の耳目を集めましたが、化石の行方は研究者の手から離れていきました。(詳しくはブラックヒルズ研究所社長のピーター・ラーソンとクリスティン・ドナンの共著『Sue スー 史上最大のティラノサウルス発掘』朝日新聞社、2005年刊、参照)
判決から既に30年以上が経過して、すっかり喧騒は収まり、「スー」の標本は現在シカゴのフィールド自然史博物館に収蔵、展示されています。

同じような恐竜の化石を巡るトラブルとして、米俳優のニコラス・ケイジさんが2007年にオークションで購入したタルボサウルス・バタールの頭骨が、発掘地のモンゴルから不法に持ち出されたものであることが事後的に判明し、2016年に無償でモンゴル政府に返還したという話があります。この化石は、2006年に日本を経由して米国に密輸されたとの報道もあり、ブローカーによる何らかの詐欺的な取引が介在した売買契約に巻き込まれた事件として、高額取引のリスクと対象物のトレーサビリティ(追跡可能性)が如何に重要であるかを印象付けるエピソードとなりました。
最近(2026年7月)も、ティラノサウルス・レックスの化石(骨格標本)が、オークションで史上最高額(約81億円)で落札された、というニュースがありました。美術品と同様、貴重な化石は富豪のコレクションの対象となり、研究者にとっては高嶺の花、学術研究にとっては厳しい時代になったかもしれません。そして、美術品同様、偽物(贋作)を巡るトラブルとも無縁ではありません。
■化石の偽造・捏造
科学界に衝撃を与えた化石捏造事案として有名なものを紹介しましょう。長年学術論文等でも引用されてきた化石が、その後の検証により偽造されたものであることが判明したのです。今から100年以上も前、1912年にイギリスで発見された「ピルトダウン人」と称された化石人類。大きな脳を持つ頭骨と、原始的な下顎とされた化石は、人類の直系の祖先として、進化のミッシングリンクを埋めるものと脚光を浴びましたが、大論争の末に新人類の頭骨とオランウータンの下顎の組み合わせの偽造・捏造であったことが判明しました。この1953年の発表により、発見からおよそ40年にわたる議論に終止符が打たれました。
ちなみに、わたし「ルーシー」こと、アファール猿人「アウストラロピテクス・アファレンシス」が発見されたのは、ピルトダウン人が捏造化石であると判明した後の1974年ですが、わたしの先輩「アウストラロピテクス・アフリカヌス」が南アフリカの洞窟で発見されたのが1924年、「ピルトダウン人」騒動の真っ最中でした。その後も1929年北京原人「ホモ・エレクトス・ペキネンシス」の頭骨の発見など、世界各地で相次いだ様々な化石人類の発見を通じて、「ピルトダウン人」は「ミッシングリンク」とはかけ離れた捏造・偽造であるとの状況証拠が積みあがっていったのでした。(詳しくは『ピルトダウン 化石人類偽造事件』 F.スペンサー 山口敏 訳 みすず書房、1996年刊、参照)
■生存戦略としての「なりすまし」
話を「相手の目を欺く」ことに戻しましょう。生物にとって、自らの姿を背景に溶け込ませる「擬態」は、進化の過程で身に着けた特殊能力。葉っぱと区別がつかない昆虫や、瞬時に珊瑚や岩肌そっくりに体表の模様を変える「タコ」など、敵から自らの身を守り、或いは獲物を捕食するために相手の目を欺いて周囲の環境になりすまして、生き残ってきました。
恐竜の化石からは、体表の模様や「擬態」能力があったかどうかを確認する術はありませんが、もしかしたら、多様な進化を遂げた恐竜の一部には、タコやカメレオンのように体表の模様や色を自由自在に変えることが可能な種もいたかもしれません。
では、現代の人間の擬態とは、どのようなものでしょうか。前述の本人確認書類の偽造による「なりすまし」の他、最近では、AIを悪用したオンライン面接でのなりすまし事案も報告されています。ディープフェイクにより、著名人だけでなく、誰もが第三者による「なりすまし」の被害者になり得るリスクが現実化しています。個人による犯罪だけでなく、国家レベルでの紛争においてもディープフェイクによる印象操作が行われる時代、画面越しに見ている映像が本物か偽物か、見分けをつけることがますます難しくなるでしょう。
■国境の概念を超えるデジタル空間でのアイデンティティー
本人を証明するもの(「アイデンティファイできる(identifiable)もの」)は何か? 初めに見てきたとおり、一般的には「氏名・住所・生年月日」が「本人特定事項」となります。
国内で生活する上で、何らかの入会手続きや売買契約などの本人確認であれば、これからはマイナンバーカード等で対応可能ですが、外国に渡航するとなると、パスポートが必要になります。もちろん、偽造パスポートは昔から犯罪の温床になるので、パスポートは絶対ではありませんが、政府が本人性を保障する書類、自身のアイデンティティーを証明する書類としては、パスポートが頼りですし、国籍を意識する重要な本人確認書類です。
さて、本人確認の観点で「土地」「住所」が重要な役割を果たすと述べましたが、地球規模の気候変動による海面上昇で国土が消滅(水没)する危機に瀕しているとして、国家存続をかけて大英断を下した国があります。オセアニアの島国ツバルは、2023年の憲法改正で、国土を失ってもデジタル空間で国家として存続すると定めたのです。国家の機能をインターネット上の仮想空間メタバースに移した上で、世界に散っていくツバル人へデジタル空間で行政サービスを提供し、パスポート発行や投票も可能にするとのこと。2021年10月に開催された国連第26回気候変動枠組条約締約国会議(COP26)のシンポジウムで、ツバルのサイモン・コフェ外相(当時)がビデオを通して以下のとおりスピーチしたといわれています。
“我々の希望は、物理的な領土とともに存在するデジタル国家を持つことだが、物理的な領土を失ったとしても、デジタル国家がしっかりと機能を果たすことだろう”
その翌年(2022年)のCOP27で、ツバルは国家の主権をデジタル空間に移行させる方針を宣言しました。ツバルに限らず、デジタル化・電脳化が進展する未来において、自分とは何者か?というアイデンティティーに関しては特定の土地に紐づかない時代がくるのかもしれません。

次回(第3回)は近未来のアイデンティティーを旅しましょう。
【執筆者プロフィール】
⼭本 雄次 KDDI 株式会社 シニアディレクター 渉外・広報副本部⻑ 兼 渉外統括部⻑
早稲⽥⼤学政治経済学部経済学科卒
1990 年 国際電信電話株式会社 ⼊社
2001 年 KDDI 株式会社(合併に伴う社名変更)
2020 年 渉外統括部⻑、2023 年より現職

[1] 正式名称:携帯音声通信事業者による契約者等の本人確認等及び携帯音声通信役務の不正な利用の防止に関する法律。改正法により、法律の名称は「携帯通信事業者による契約者等の本人確認等及び携帯通信役務の不正な利用の防止に関する法律」に改称。犯罪防止のために本人確認を徹底させる法律は、この他にもマネー・ロンダリング対策を目的とした「犯罪収益移転防止法」があり、金融機関やクレジットカード業者、宅地建物取引業者、電話受付代行業者等を対象に、契約時の本人確認義務を課している。
[2] 個人契約では、一度に契約する回線数に制限(原則5回線で、例外運用あり)がありますが、一度に多数の回線を契約することとなる法人契約での本人確認は、登記事項証明書等の法人としての証明書だけでなく、契約担当者が本当に当該法人に在籍しているかの本人確認も必要となります。もちろん、簡単に偽造できる名刺や社員証は、法人に在籍していることを証明する本人確認書類とは認められず、個人契約に必要な本人確認書類と同様の書類が求められます。