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【インタビュー】情報通信政策・公共放送研究の歩みとこれからの展望——通信と放送の融合からAI時代の制度設計まで

執筆者: Nextcom編集部
カテゴリ: インタビュー
発行日: 2026/07/06

Nextcom監修委員会で長く委員、委員長を務められ、このたび顧問にご就任いただいた慶應義塾大学 菅谷実名誉教授へのインタビューを行いました。

(2026年5月14日。聞き手:Nextcom編集長 加藤尚徳)

情報通信分野との出会い——交通経済学からSEを経て研究の道へ

加藤: 本日はよろしくお願いいたします。まずは、これまでのご研究の歩みと、情報通信分野との交差点について、本誌の読者へ向けて改めてお聞かせいただけますでしょうか。

菅谷先生: 大学は慶應義塾大学の商学部で、もともとは交通経済論を専攻していました。当時の国鉄(日本国有鉄道)の鉄道貨物運賃に関する研究です。1972年にコンピューター会社(日本ユニバック)に就職し、SE(システムエンジニア)として働きました。そこで担当したプロジェクトが、国鉄の貨物コンテナ予約システムの構築でした。「UNIVAC 494」という大型コンピューターを使い、アセンブリ言語でプログラムを作る経験をしました。周囲は理系出身者ばかりの職場でした。

以前から「もう少し勉強したい」という思いがあったため、大学院進学を決心し、1977年に国際基督教大学(ICU)大学院の行政学研究科へ進みました。そこで行政学がご専門で情報通信にも関心を持たれていた一瀬智司先生の指導を受けました。修士論文では公共放送の比較研究をテーマにしました。日本の公共放送NHK(日本放送協会)は全国放送ですが、アメリカの公共放送であるPBS(Public Broadcasting Service)は、コミュニティ単位の非営利放送局が集まってネットワークを形成している公共放送であり、その2つの公共放送制度の比較研究をしました。

通信と放送の融合、そしてNTT民営化の時代を振り返る

菅谷先生:1981年頃から、当時の郵政省(現総務省)、電電公社(現NTT)、国際電信電話(現KDDI)等が共同で設立した財団法人電気通信政策総合研究所(現マルチメディア振興センター)の研究員となりました。その後、ICU(国際基督教大学)の博士課程に進み、米国ミシガン州立大学大学院テレコミュニケーション専攻に留学しました。文系ながら情報通信研究に特化した米国でもユニークな大学院です。そこで指導教授リットマン教授からTelco-Cable Cross-Ownership(通信会社とケーブルテレビの相互所有)というテーマを与えられ、非常に興味を持ちました。最終的にそのテーマでICUに博士論文を提出し、博士号を取得しました。その論文は、その後、単著として出版され、公益事業学会・電気通信普及財団から論文賞をいただくこともできました。

その後、白鷗大学を経て慶應義塾大学に戻り、新聞研究所(現メディア・コミュニケーション研究所)に在籍することとなりました。

菅谷先生写真
Nextcom監修委員会 顧問、慶應義塾大学 菅谷実名誉教授

この頃から「通信と放送の融合」という研究テーマについて深くかかわるようになってきました。第三次小泉政権時代に竹中平蔵氏が総務大臣を務めていた頃、「通信・放送の在り方に関する懇談会」の構成メンバーとなりました。主査であった東洋大学の松原聡先生や、当時経産省で現在は慶應義塾大学の岸博幸教授らと共に融合政策の在り方を議論しました。当時、このテーマは、まさに日本の情報通信政策の中心テーマとなっていました。私たちが目指していたのはネットワークレベルでの融合でしたが、政権交代などの影響もあり、政策としては途中で立ち止まってしまった部分もあります。もし、そこでネットワークの融合が本格化していれば、現在の英国のようにネットワーク会社と通信・放送会社が分離する形になっていたかもしれません。

加藤:菅谷先生も委員をされていました「通信・放送の総合的な法体系に関する検討委員会」(主査:東京大学 長谷部恭男教授)に、私の大学院時代の指導教員も専門委員として参加しておりました。その当時、通信と放送の融合は重要なテーマだから勉強しておくようにと言われておりました。当時そのまま議論が進んでいたら、今日的にはどのような影響があったとお考えでしょうか。

菅谷先生:イギリスでは、放送のデジタル化に伴いハードとソフト分離型の制度が導入されネットワーク会社とサービス会社は分離されましたが、残念ながら実現しませんでした。ただ、1985年以降の改革としては、NTTの民営化と分割は良かったのではないかと考えています。KDDIさんもKDD法(国際電信電話株式会社法)で特殊法人となりましたが、その後廃止されて完全民営化されましたね。

加藤:KDDIは2000年に大きな合併があり誕生しましたが、制度を研究する人間としては、1985年が大きな節目と考えています。

菅谷先生:土光臨調(土光敏夫氏が会長を務めた第2次臨時行政調査会)がなければ、うまく立ち上がらなかったでしょうね。

海底ケーブルからAIと放送制度まで——現在注目する研究テーマ

加藤: 社会のデジタル化が急速に進む現在、先生が最もご関心を持たれている研究テーマは何でしょうか。

菅谷先生:太平洋島嶼地域の海底ケーブルに関わる研究です。ハワイ大学には情報通信政策系の研究機関があり、1998年には、客員研究員として在籍していました。ハワイ大学に在籍中には、グアム島やパラオなど太平洋の島々の通信会社を度々訪問する機会がありました。北太平洋はアメリカ、南太平洋はオーストラリアとニュージーランドの影響が強いです。この地域は通信用の海底ケーブルが多数走っており、地政学的にも非常に重要な地域だと思っています。海底ケーブルに関しては、その当時、毎年1月にハワイで開催されるPTC(Pacific Telecommunications Council)のセッションに参加し、情報収集をしていました。加えて、国内ではKDDIさんにもお世話になり、長崎にある日本初の海底ケーブル陸揚げ局を見学したり、北九州に停泊しているケーブル敷設船を見学したこともありました。

もう一つ、最近、最も注力しているのが放送制度に関する研究です。この研究の成果は、6月に中央経済社から出版されます。第1部では、AI時代に入り、放送制度はどのような変化を遂げるのかなどのトピック、第2部では、海外の放送制度について取り上げています。AIの活用による番組制作費のコスト削減などの影響で、今後、制作現場のあり方は大きく変わるでしょう。例えば、栃木県足利市にある足利スクランブルシティスタジオ(2025年12月31日終了)に作られた渋谷スクランブル交差点の巨大なオープンセットに、後から背景をCGやAIで合成するといった手法です。

Nextcom監修委員としてのエピソードと『Nextcom+』への期待

加藤: 先生には長年、Nextcomの監修委員としてご指導いただいております。特に印象に残っているエピソードはございますか。

菅谷先生: 一番の思い出は、新型コロナウイルスの感染拡大期に私が監修委員長を務めていたことです。今日持ってきましたが、2022年の春号(vol.49)は、特集テーマがまさに「デジタル時代のコロナ対応」でした。多くの研究会がストップする中、Nextcom監修委員会と表彰式・授賞式は渋谷の貸会議室に私と編集部のみが足を運び、他の委員や出席者の方たちはオンラインで参加するというハイブリッド形式で開催しました。ネットワークをうまく活用することで、中断することなく発刊を続け、会議も開催できたことは非常に印象深いです。

Nextcom vol.49 表紙
Nextcom vol.49表紙

加藤: 今回、紙媒体に加えて『Nextcom+(ネクストコムプラス)』という新しいウェブ媒体がスタートします。今後のNextcomがどのような議論の場となることを期待されますか。

菅谷先生: Nextcomでは、最近情報通信分野から広がるテーマを特集にされていますが、たまには情報通信のテーマに戻ってきてもらえると嬉しいですね。また、情報通信のテクノロジーが社会のあらゆる分野に広まっている中で、分野を超えたコミュニケーションがNextcom+上で文字化されると面白いかと思います。情報通信学会や日本メディア学会といった学会と議論の場を共同開催して輪を広げていくのも面白いかと思います。

研究を続ける秘訣と、次世代へのメッセージ

加藤: 先生はこれまでたくさんのご研究をされてきて、それが実に見事にずっと繋がっている印象を受けます。研究を長年続けていくための成功の秘訣はどのようなことでしょうか?

菅谷先生: 私はこれまでに20冊ほど本を出していますが、そのうち単著は2冊で、多くは自分で主催した研究会の研究成果をまとめて刊行された本です。成功の秘訣は「普段から一緒に研究をしている仲間と一緒に書く」ということですね。問題意識を共有できるチームで取り組むことが大切です。

加藤: Nextcomの一つの機能として若手研究者の発掘を掲げております。アドバイスがありましたらお願いいたします。

菅谷先生:KDDI財団でやられているような研究助成は、特に若手研究者にとっては、本当にありがたいです。私も長年にわたり様々な助成を受けて研究会を運営してきました。そういった支援が若手研究者にとっても重要だと思います。

加藤: 本日は貴重なお話をありがとうございました。

菅谷先生、加藤編集長の写真
菅谷先生(右)とNextcom編集長加藤(左)

菅谷先生ご略歴
慶應義塾大学商学部卒業(1972)、国際基督教大学大学院行政学研究科修士課程修了(1979)、ミシガン州立大学大学院テレコミュニケーション専攻M.A.取得(1982)、国際基督教大学大学院行政学研究科博士課程修了(学術博士)(1988)、財団法人電気通信政策総合研究所研究員、白鷗大学助教授,ハーバード大学客員研究員、慶應義塾大学助教授などを経て1996年から2015年3月まで慶應義塾大学メディアコミュニケーション研究所教授(同大学大学院政策・メディア研究科委員兼務)。2015年4月から2020年3月まで、白鴎大学経営学部客員教授。専門は、メディア産業論および政策論、特にメディア融合、映像コンテンツ、ユニバーサル・サービス、地域メディアをテーマにした研究に取り組んでいる。